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言葉の海、分離と結合

私のいる「あ行」から、彼女の場所へ向かうにはとてもとても分厚い壁が存在している。事実数十万のものたちをかいくぐって目的の場所にたどり着くのは並大抵のことではないだろう。ここでは言葉が無数のものたちが出会い、別れ、分裂と結合を繰り返している。


初めて彼女をことを知ったのは半年ほど前、自分のいるページが開いた時、いつもと違う景色が広がっていた。それは遠く、澄み渡り、鬱屈とした気持ちを優しく撫でてくれた。その名を「空」ということを知り、美しい響きだと思った。自分の周りでは自分と似たような音しか聞こえてこないのだ。


彼女はとても人気があるようだ。様々なものからアプローチを受け、この世界を埋めていった。時には当初のイメージ通り、美しい言葉を作り出し、またある時は、彼女のミステリアスで、深みを感じさせる面を映し出すような言葉になった。彼女は自分よりもはるかに多くの顔を持っているようで、つい自分と対比してしまう。
ありふれた、一辺倒な自分との差に愕然としながら、それと同時に彼女と僕が一つになった時の、未知の可能性に密かに心を躍らせていた。


私は勇気を振り絞り彼女の元へと向かった。言葉の海に意を決して飛び込んだのだ。そこは窮屈で、しかし言葉の偉大さを感じさせる場所だった。深い深い深海のように息苦しく、かつ神秘的な光景だった。初めて触れる音、造形、それもまた美しく奇妙で、この世界にはまだ自分の知らないことが溢れていることを知った。幾度となく、磁力のように惹きつけられそうになりながら。なんとか彼女の元にたどり着いた。


「さ行」にたどり着くのに3ヶ月を要していた。改めて自分のいた場所がどれほど浅瀬だったのかを思い知らされる。
そこに彼女はいた。想像していた通り、凛とした表情にすっと心に届いてくる響き。
「僕と一緒に来てくれないか」
「私はあなたのことを知っている。でもあなたは自分に自信がないのね」
「どうしてわかるの」
「そんな顔をしているもの。ありふれた意味や音の自分のことが嫌いなのね。
でも、私はあなたのことを待っていたの。あなたからは幸せのイメージが伝わってくる。でも一人じゃ難しい。だから、あなたについていくわ。私も見たことがない景色を見たいもの。あなたの世界に連れて行って」
「わかった、ついてきて。浅くても、外の世界とすぐ触れ合える場所に。」
私は彼女の手を引き、きた道を登っていった。徐々に深いところから元の浅瀬へと帰っていく。いつも見ていた景色が違って見えた。
「ついたよ」
「素敵な場所ね。ここなら外がよく見えそう」

再びこの場所が開かれた。あの日見た景色と同じ、でも今はこの景気を目で、耳で感じることができる。
この世界に「青空」が刻まれた。

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