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ついさっき起きたことを書いてすぐ朗読する為に②

玄関を出ると日差しが強いわりに風がひんやりとしているのに気付く。夕べの雷雨の影響だろうか。

通りの向こうの新築の家から若い奥さんが日傘をさしながら出て来て、すぐ戻った。忘れ物らしい。

中央公園を抜けて鷹の台駅に着く。平日の昼なのに、人が多い。

ベンチに座ってFacebookを開く。友人の息子さんが難病になってしまった。その命の恩人というお医者さんを紹介していた。笑顔の画像と前向きな内容にほっとする。

次の小川駅で西武新宿行きに乗り換える。これまた思いのほか人が多い。一心不乱に化粧をする50代とおぼしき女性の前にたつ。ピンクのストローハットには大きなガラスビーズが施され、ワンピースの胸には赤い花の大きなアップリケ。ひざの上のバッグからはこぼれそうなたくさんの化粧品、全力でマスカラを塗っている。

なぜか、今朝の新聞の記事を思い出した。先日亡くなった作家の車谷長吉さんが読者の人生相談に答えている。嫁・姑の悩み相談に対し、「この世は地獄と諦めなさい。希望を持っているから悩むのです。」というにべもない答えに驚いた。その答えにOKを出してそのまま載せている新聞の編集者もどうかと思う程の突き放し方だった。死に近い生について、その本質にまともに対峙している作家なんだろうな、と思った。

化粧をしている女性をもう一度見ると、今度はロールタイプのグロススティックで下唇の上に何度も何度も小さな円を描いている。一生懸命な動きを見ていたら不思議な愛しさがポッと生まれた。

高田馬場駅で東西線に乗り換える。階段を下りきったところに「お嬢様聖水」と書かれた大きな看板があった。美しい女性が涙を流して微笑んでいる巨大なイラスト。化粧水だと思ったら美容ドリンクの広告だった。いったい何が入っているのか。美しくなる為ならわけのわからない水も飲むのだろうか。死に近い生について再び思いを馳せる。

地下鉄に乗ると、向かいにリクルートスーツの若い女性がスマホをいじっていた。真っ黒のタイトスカート・ジャケット。個性を消して従順さをアピールする制服。対して彼女のスマホケースとイヤホンは目が痛いほどのショッキングピンクだった。ちいさなレジスタンス。

神楽坂駅で降りる。公園までの道をまっすぐ行く。天気がよいというのは本当にすばらしいことだ。

公園は昼時でゆったりした時間が流れている。スズメとシジュウカラの鳴き声。砂場の傍のベンチを選んで座る。

「よいしょ、よいしょ」といいながら白髪の女性がとなりのベンチにようやくたどり着く。すぐ後から友人らしき女性が追いついて、並んで座る。けらけらと笑いながら噂話に興じている。

私はノートを開いてこの文章を書き始める。

このあと、朗読会のメンバーの前でこれを朗読する。


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