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【エッセイ】忘れえぬ上司

底抜けに明るい上司がいた。
かつて派遣として働いていた会社に大柄で大食いで2リットルのペットボトルのミネラルウォーターを垂直にグイグイゴクゴクとラッパ飲みした後すぐに冗談を言ってガハハと重低音で大笑いする私より3つか4つ歳上の男性社員がいた。
その性格の明るさの底抜け具合は底なしだった。
私にはその上司が「少年アシベ」に出てくる体育教師の天堂先生と重なってみえていた。(以下天堂さんと呼ぶ)

おわかりいただけるだろうか。
画像中央が体育教師の天堂先生。

学校にも会社にも一人はいるであろうムードメーカーという存在。
天堂さんは間違いなくそれだった。

私は少々暑苦しいが天堂さんの人畜無害で天真爛漫な明るさと人柄に心和まされていた。

わりとお堅い企業であったから尚更なのだろうが、そんな大人の集団で肩が凝って緊張してしまう環境で天堂さんは砂漠のオアシスであったように思う。(良く言い過ぎかな?)

力仕事もどんとこいだし、電話対応も受話器を持てば姿勢を正し声色を変えて丁寧過ぎるくらいの対応を施していた。(時々丁寧に徹するあまりに敬語がこんがらがるのも愛嬌があった)

誰にでもフレンドリーで、壁を作らず、自分から話しかけていた天堂さん。
そういうのが苦手な相手にも(見ていてひいているのが明らかなのに)ちょっかいを出しにいくメンタルの強さというか、タフさというか…、
ズバリ空気が読めていないところも含めて私はどこか好感を持てたし憎めない人だなと思っていた。

派遣の私にもグイグイ接してくれた。(くれたというのもなんだかな…だが)
かなり私が天堂さんに良いリアクションをとっていたので基本誰にでもフレンドリーな天堂さんだが私への照準が多くなっていったのは周知の事実に違いなかった。

私がちょいちょいアニメネタを出すのは天堂さんの影響によるものだ。(断言)

天堂さんは博学とも違うのだが雑学に通じていて、話のジャンルも幅広かった。
中でも天堂さんはアニメが大好物だった。

私が職場で黙々と作業しているとガハハという声が遠くから聞こえて(あ、外回りから戻ってきたのだな)と気づく。
ドアが開くとスマホで萌え萌えな歌を流しながら私の背後に近づいてくる。
しかもどこの国の踊りかわからないリズムを体で刻みながら。

「やっぎくぅ〜ん」

天堂さんのハイテンションにも免疫がついていた私は「お疲れ様でーす」とミディアムトーンで返す。

天堂さんは作業に集中している私の顔の前にスマホの画面をヌッと差し出し強引に見せてくる。

「ここから面白いからみてみて」

嬉しそうに天堂さんはスマホの位置をキープしている。
もうこうなったら見るしかない。

天堂さんがはまっているスマホゲームのアニメや声優さんたちのイベントの映像なんかもあった。

そんなことが毎日とはいわないがかなりの頻度………、いや、もう毎日といっていいほどの頻度であった。
なんやかんやと私はその時代の新作、準新作のアニメに詳しくなっていった。(訓練の賜物である)
少し過去作でも名作はいやでも頭に入った。(全然いやじゃないのだが)

もともと社会に出てからアニメはほぼ見ずに生きてきたのでアニメ自体にかなりのブランクはあった。
どのアニメもみんな同じ絵に見えていた。
でも天堂さんのおかげ?で、声優さんの声も聞き分けられるまでになっていた。(限られたものだけだが)

天堂色に染まっていく私。
自分からおすすめのアニメを尋ねてはレンタルショップでDVDを全巻借りて見た。

私はジャパニメーションの面白さを知った。

仕事でミスをした天堂さんは課長や部長に何度か怒られていた。
さすがの天堂さんもその時ばかりはしゅんと小さく落ち込んでいたが、数分したらガハハと笑っていた。(おそるべし)
ここまでくると「こち亀」の両津にも通じるところがあった。
上司もやれやれ…と、だが、仕方ないなぁと、どこかあたたかく見守っていたのかもしれない。

その職場で働いていた5年近くの期間で見せられたアニメは今もまだ頭に残っている。

アニメに詳しいわけでもないがアニメの面白さは天堂さんのおかげで知ることができた。

あの鼓膜を震わせる重低音のガハハという底抜けに明るい天堂さんの笑い声が耳に残っている。



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