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【エッセイ】ストツーと半ズボン

昨年、レスリングの吉田沙保里さんが春麗(チュンリー)のコスプレでストリートファイターのCMに出ていた。
ストリートファイターももうⅥ(シックス)なのだなーと画面に釘付けになった。
驚いたのはシリーズの数字だけではなくチュンリーとスマホで入力したら春麗と変換候補で出たこともそうだ。
今当然のようにストリートファイターだの春麗だのと並べているが知らない人にはなんのこっちゃな話である。
遅ればせながら、ストリートファイターとはテレビゲームのソフトのタイトルである。スーパーファミコン全盛期に流行った格闘ゲームとして世界的に有名である。そしてそのゲームのキャラクターの一人が春麗という紅一点の女性キャラで中国出身のチャイナ服を着た人気キャラである。

1991年にゲームセンターなどのアーケードゲームとして絶大な人気を誇りあれよあれよと翌年1992年にスーパーファミコンでカセット化された「ストリートファイターII」通称「ストII(ストツー)」。

昨年の吉田沙保里さん出演のCMで色々変わったストII(正確にはストリートファイターⅥ)に時の流れを突きつけられて呆然とした。
私の知っているストIIの面影は少なく、日本人キャラのリュウはたくましくなったという表現に収まらないふてぶてしい老成感の格闘家に成長していた。

ストIIとの思い出が篠原涼子さんの歌声と共に蘇ってきた(劇場版の主題歌だった)。

1992年。9歳だった私の家にストIIをする為だけに遊びにきていたクラスメイトのTくんがいた。
色白の肌が頬の朱色を際立たせていたTくんは瞳の色も髪の色も少し茶色がかっていてどこか日本人離れしたトイ・ストーリーのウッディのような少年だった。
当時の小学生男子は半ズボンがほとんどだった。
Tくんはデニム生地の半ズボンをよく履いていた。
その日もデニムの半ズボンを履いて僕の家に遊びに来ていた。
Tくんは訪れるやいなやブラウン管テレビの前でスーパーファミコンのコントローラーを握りあぐらをかいて座り込んだ。
とある事件が起こったその日に抱き合わせるように忘れられない光景を僕は目にしていた。
Tくんの半ズボンからキャンタマがはみ出していたのだ。
半ズボンから白ブリーフはよくある光景だったがノーパンゆえのハミキンにはその後起こる事件を強烈に紐づける効果があった。
子供ながらにハミキンを指摘するのは気まずく、Tくんに恥をかかせてしまう気がして僕は見て見ぬふりをした。
その日もいつも通り2時間くらいはストIIを夢中で遊び少し茜色がかる手前の空でTくんは帰っていった。
Tくんが帰った後に部屋を片付けていたら明らかな異変に気がついた。
つい今の今まで遊んでいたストIIのカセットがないのだ。スーパーファミコンにささっていてしかりのストIIのカセットがないこと自体がおかしな話なのだがケースに戻そうとした時にどこにもカセットはなく、わけがわからないまま部屋中をくまなく探した。
が、やはりどこにもカセットはなかった。

考えたくなかったがもうそれしか考えられなかった。
Tくんが持っていったとしか考えられなかった。

僕は徐々に日が暮れていく中を自転車をこいでTくんの住む家に向かった。
Tくんには何て言って探させてもらおうか悩んだが取り繕うにも限界があった。
もうTくんが「盗んだ」以外考えられないのだから。
僕は困った様子でカセットがなくなったことを伝え部屋の中を探させてとTくんにお願いするように尋ねた。
Tくんは明らかにドギマギしていた。
別にいいけどと突っ立っているTくんはさっきまでのTくんとは様子が明らかに違った。
僕は間違いないと確信した。
が、Tくんの家からはカセットが出てこなかった。
疑ってごめんと軽く謝る僕と別にいいよとよそよそしく返すTくん。

もうわけがわからなかった。
納得もいっていなかった。
いくつか部屋があったがさすがに全部屋を荒らすわけにはいかなかった。
とにかくカセットは出てこなかったのだ。
もうどうしようもなかった。

次の日、学校から帰ってストIIのないスーパーファミコンで遊ぶ気にもならず鬱々としていた。
すると玄関のチャイムが鳴った。
ドアを開けると担任の先生と泣きじゃくったTくんが立っていた。
先生はTくんの背中に手をあてて何かを促していた。
「カセット持って帰ってごめんなさい」
Tくんが泣きじゃくりながら声をつまらせて謝ってきた。
僕はほらやっぱり!とはならず、うん…としか返せなかった。
先生が経緯を順をおって説明してTくんと改めて一緒に謝っていた。
家にカセットを持って帰った後に次第に罪悪感がTくんを襲い先生に話したようだった。

カセットは手元に戻ってきた。
でもなんだか嬉しくなかった。
その後しばらくはストIIで遊べなかった。

Tくんとは学校で顔を合わせるがそのことには触れることもせずそのまま中学校へ進学したが二人の中でストII事件は誰にも口外することもなく、そのせいかはわからないがTくんとはあまり関わらなくなっていった。
あちらにしてみればうしろめたさもあり、こちらとしても何か心にひっかかることも消えないまま距離が自然とできるのも仕方のないことだった。
なんとも後味の悪い事件だった。

弱みを握っている。握られているという関係が知らないうちに出来上がっていた。
これは不幸なことだ。

ストIIと聞くとTくんの裏切りと半ズボンからはみ出たキャンタマを思い出す。
せつない後に笑いが追いかけてくる。
恋しさとせつなさと心強さと。ある意味で。違うか。




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