【エッセイ】思い出はシャワーのお湯に流して

風呂場はタイムマシーンなのかもしれない。
大山のぶ代さん時代のドラえもんのエンディング曲「あしたもともだち/西脇唯」を例の如く口ずさんでいた。
シャワーの湯気に紛れて思い出のモワモワが穴という穴から侵入してきた。

あれは小学校高学年だったろうか…
私はいつもと変わらず登校し教室の後ろのドアから「おはよう」と目に入ったクラスメイトに挨拶した。隅の方で数人がかたまって文字通りヒソヒソ盛り上がっていた。なんの気なしに「どうしたん?」とその集団に近寄った。
ある男友だちが「お前の好きな子って〇〇さんなんやって?」とバズーカ砲を真正面からぶっ放してきた。図星も図星。大当たり。だからその衝撃に咄嗟に繕うことなどできゃしなかった。冷静に「は?何言っとるん?違うけど」なんて返せず「誰から聞いたん?」と、正解を大前提で返答してしまった。
「Mが言っとった」
Mとは低学年の頃から仲がよくクラス会や文化祭なんかではペアを組んで漫才のまねごとや寸劇をしていた。
どちらも我が強く頑固(意固地)で引かなかったのでケンカも沢山してきた。それでもその日のうちに仲直りしてたことも何度もあったし、引きずることはなかった。ともだちと認識しあっていたことを引かなかったからというなんだか矛盾した関係性だったのか…とにかく気があっていたのだなぁと今振り返ればそう思う。

「は?何でMが?!」
心当たりのない裏切り行為だった。
何の復讐だ?
わからなかった。
私はすぐにMのとこへ行き問い詰めた。

そこまでははっきり覚えている。
教室の匂いも曇り空でもわりと明るい陽光が運動場側の大きな窓からさしていたことも。
Mが悪意剥き出しで言いふらした理由は身に覚えのない逆恨みからだった。
だから同じようにしたんだと。
「俺はそんなことしてない(言ってない)」
私はそんなようなことをMに言ってしばらくくだらない水かけ論がつづいた。
もう朝礼が始まる時間だった。
先生もそろそろやって来る。
私は自分の席へ戻りやり場のない怒りに支配されながらランドセルから教科書やノート、筆記用具などを机の中に入れた。
その間、周りの生徒から〇〇さんについてひやかされることはなかった。
頭に血がのぼっていたからとんでるだけなのかもしれないが。
これほど強烈に部分的だが覚えているのは全くもってMの仕返しに身に覚えがなかったからだ。当時もどれだけ考えても意味がわからなかった。では、今、100%なんて人が生まれていつかは死ぬ以外存在しない数字だとわかっている今なら本当にMがそう感じてしまった何かをしてはいなかったのか?と、自分に問うことが出来る。だが、もう何の話だったのかも蒸発してしまった。液体が気体になって風にかき消された今、どうすることも出来ないのだが…。

それからである。
Mと以前のように仲良く出来なくなったのは。
気がつけば仲直りなんて流れ、想像も出来なかった。
こちらもとてつもなく腹が立っていたし許せなかった。あちらも何のことで逆恨みしているのかわからなかったがこちらを許せないでいた。
時間が経っても解決しなかった。
そしてそのまま小学校を卒業した。
だが悲しいかな公立のさだめで中学生になってもMとは同じ学校にまた3年間通うのである。
とはいっても生徒の人数も増え新しい友だちが出来ると好きな子をばらされたことなんてどうだってよくなっていた。些細なことだった。

そんなある日、突然Mがお菓子の入ったビニール袋を私の家のドアノブに掛けていった。
ポテチやら何種類かのスナック菓子と一緒に一枚のルーズリーフが折りたたまれていた。
ごめんが伝わる謝罪の手紙だった。

私も手紙を書いて同じくお菓子の入ったビニール袋をMの家のドアノブにかけた。
とりあえずぎこちなかったが仲直りという形にはなった。でもそれは形にすぎなかった。もう、すっかり私にはMは小学校で止まったままのかつての友人であった。
それからの3年間、折れ線グラフで例えると時々上昇してはそれ以上に下降する右肩下がりの関係性で中学を卒業した。

結局あのお菓子のビニール袋がMとの最後の良い思い出だったんだ。
なんでこんなすっかり忘れていた記憶を思い出せることに驚いた。一瞬のうちに。ぶわーっ!と。

ドラえもんの声優さんが全員総入れ替えになる時、アニメーションの絵も原点回帰で原作に近いものにしようと今のドラえもんになった。
原点回帰はいいのだが、たしかしずかちゃんの髪の色が茶色というのが教育上よろしくないからと黒髪にしたと私は耳にした記憶がある。
私の自分史を呼び覚ます茶髪のしずかちゃん時代のドラえもん。

〽あしたも遊ぼう 青い空

ドラえもんとのび太、スネ夫、ジャイアン、そして茶髪のしずかちゃんが手を振っている。
まさかそんな理由でないことを、私の勘違いの記憶であってくれと当時のMがどんな心境でごめんの手紙を書いたのかを察しつつタイムマシーンの風呂場でお湯に流すのであった。

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