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【エッセイ】淡いかさぶた

ひろ坊という親友がいた。
僕らは中学校で出会い何がきっかけというわけでもなく気づけばいつも一緒に行動を共にしていた。
ひろ坊は背が低くて走るのも遅かった。
そんなことも含めてひろ坊は所属していたとある運動部でいじられからかわれるようになった。
それは次第にエスカレートしてもういじめと呼べるものになっていた。
僕は半ば強引に自分の所属していた部活にひろ坊を引き取る形で転部させた。
もっぱら鬼ごっこしかしてなかった顧問もあまり顔も出さないゆるゆるの僕らの部活はひろ坊にとっても居心地がよかったようではじめはどこか怯えて沈みがちだったひろ坊も日に日に笑顔が戻っていくのが見て取れた。

ひろ坊には走る時顎を思いっきり上げて腕を大きく振る癖があった。
必要以上の緊張が全身の筋肉にかかっているからスピードが出ないんだよと指摘したら徐々に走るフォームが改善されて100メートル走のタイムも縮んでいった。
ひろ坊の表情に少し自信がついたのを感じた。

ひろ坊とは家が目と鼻の先の距離で僕らは毎日一緒に登校していた。
ひろ坊は僕の話をたくさん聞いてくれた。話題が尽きることはなかった。むしろ話足りないくらいだった。

ある朝ひろ坊が目の周りに青痰を作って家から出てきた。
兄弟喧嘩で兄貴に殴られたとおどけて言ってたが兄弟喧嘩と笑っていられる程度を超えたあまりにも痛々しい姿だった。
そんなの兄弟喧嘩じゃない。親はなんて言ってるのか。何もかばってくれないなら問題じゃないか…などと責めるわけではないがひろ坊に詰め寄ってしまった。
構わないでくれというひろ坊に無性に腹がたってしまった。
が、どれだけ言ったところで何ができるわけでもなかった。そんな自分に苛立った。やり場のない怒りだった。

のんきなひろ坊と短気な僕はそんな感じで何かと衝突して些細な喧嘩を繰り返した。
ゴメンと何回謝っただろう。
どんなに喧嘩しても部活が終われば一緒に下校したし次の日も何事もなかったようにひろ坊の家に立ち寄って一緒に登校していた。
あれはひろ坊が一枚上手というか大人だったからなのだろう。互いに後腐れなく良い喧嘩をしていた。トムとジェリーの歌にある仲良くケンカしな、は、あながち不可能ではないのかもしれない。
そんな気兼ねのない関係は卒業するまで変わることなくつづいた。

中学を卒業して別々の高校へ進学すると不思議と顔を合わせることもなくなって結局成人式までひろ坊と会うことはなかった。

成人式で再会したらきっとそんな空白の年月も一瞬で埋まってあの頃と変わらず話せるものだと思ってた。

雪がうっすら積もっていた。
成人式の会場で僕はひろ坊を探した。
僕とひろ坊の関係ならどんな大きな会場でもどんなに人が大勢いようとすぐに見つけられると思ってた。
が、そんな幻想をかき消すようにひろ坊の面影を手繰り寄せるにはあまりにも時間を費やしてしまった。僕はひろ坊をすぐには見つけられなかった。

5年ぶりのひろ坊は相変わらず背が低くお世辞にもスーツ姿が似合っているとは言えなかった。
気持ちおでこも広くなっていてそれが一層老けてみえた。
それでも僕はひろ坊に話しかけてみようと近づいたがひろ坊は高校で仲良くなった別の同級生と話が盛り上がっていて何だか声をかけることができない壁みたいなものを感じてしまった。
あの日僕はひろ坊に挨拶出来たのだろうか。
正直まともに話した記憶はない。

僕の親友だったあの頃のひろ坊はもういなくなってしまった。
壁を感じ話しかけることをためらったこと自体にかなりのショックを受けていた。
あの頃、そんなこと考えもしなかったのに。

成人式の間も降り続いていた雪が翌日には溶けてなくなったように中学のあの頃の思い出も薄れて最後は消えてなくなってしまうのだろうか。もう完全に消えてしまったのだろうか。
今でもたまに思い出す感覚を失った淡いかさぶたである。








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