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女帝のこと

私の職場には女帝がいる。ちょっと前までは同じ事務所の中にいて半年間くらい顔を突き合わせていたが、今は女帝はちょっと偉くなって、少しだけ離れた部署に行った。

女帝のことは昔から知っていたが、男女問わず女帝に逆らえる人をほとんど見たことがなく、大体の人が陰でいろいろという割には、女帝の前ではヘイコラしている。もちろん、女帝のことを崇めている人達もいるから、女帝は古株として権力を手に入れたただのお局様的な存在ではない。

女帝ははっきり言ってやり手だ。大多数の人が当たり前と受け止めている物事に疑問を投げかけ、女帝が無駄だと判断したら改革を推し進めるべく、積極的にアポを取って偉い人とも飲みに行くし、すぐにその人たちを懐柔してしまう。

女帝には何かアイディアが沢山あるようで、そのアイディアを実現出来ないかと、いつも偉い人たちと繋がろうとする。そういう意味では、余計なお節介だけど、こんな保守の塊のような組織で働くのではなく、もっと創造性の求められる企業で働くか、起業したりフリーランスとして何か具現化すれば良いのにと思ってしまう。

女帝は一見しても威圧感はない。話し方もおっとりしていてユーモアも持ち合わせており、よく「ウフフ」と柔らかく笑う。誰かと揉めても、声を荒げることもない。

ここまで書くと私が女帝のことを好意的に見ていると思われるかもしれないし、「むしろ女帝は良い人なんじゃないのか?」と思われるだろう。でも、女帝が「女帝たる理由」がある。それは、「周りの人間は女帝自身を輝かせるために存在する」といった振る舞いや言動である。それは生まれながらにもった気質としか言いようがない。ただ前面に自分を押し出してくるといった類のものではなく、自分への協力を惜しまない人間さえいればいい、といった自己中心的な態度なのだと思う。誰かが女帝のことを「女王様」と呼んでいた。誰にも逆らわせない雰囲気をまとっていたからかもしれない。

職場における女帝のポジションの割に共感能力が低いことも気になっていた。自分が要らないと思った人間をバッサリと切り捨てる言動も気になっていた。もちろん、職場は仲良しクラブではない。女帝が言う「必要のない人」は生産性も低いし、たまに周囲の人間に迷惑もかける。組織にとっては排除すべき人なのかもしれない。これが女帝の「正義」なのだろう。でも、ちっとも安心感を持てない職場になってしまったよ。働く気持ちがあるならどんな人でも存在していい安心感がある職場ではなくなってしまったよ。

女帝の「正義」はある種の管理職者には受けが良い。でも、彼らは女帝の「本音の正義」が何であるかには気がついていない。女帝の「本音の正義」は女帝が中心となって、女帝のコマのように動ける人間さえいれば良くて、女帝が輝けることが一番の「本音の正義」なのだから、組織も働く人も成長することはないように思える。

ある日、女帝は自分が君臨するに相応しいポジションにつくために異動となった。

女帝とたまにすれ違うことがある。世間話など一切しないが、挨拶だけはお互いにきちんとする。女帝には女帝の、私には私の正義がある。それは、お互いに相容れない正義だし、ましてや、女帝の「本音の正義」と関わり合うなんて論外だ。だから、互いの正義がぶつかり合わない距離があるだけでも私にとっては万々歳なのである。

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