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ハゲ黒と思い出し怒り

今日も朝からプリプリしていた。別に何かあったわけではない。いわゆる、「思い出し怒り」というやつである。

何を思い出して怒っていたかというと、「ハゲ黒」のことだ。ピカピカに剃った坊主頭に全身真っ黒に焼いた風貌の、一見カタギの人間には見えないカタギの人間だ。性格はというと、自己承認欲求の塊みたいな男で、上司への自己アピールがすごい。仕事できるアピール、毎日深夜まで残業してますアピール、後輩の面倒見てますアピール、「偉い人」に知り合いが多いですアピールなど、昭和感満載のアピールを繰り出す。得意技は常に人を貶める発言をすることと、人がやった仕事を自分がやったかのように報告すること等である。

でも、それらは私にはあまり関係がなかった。不快な気分にさせられるだけで影響はなかった。だから、適当に話を合わせるだけで済んでいた。それが、そうもいかない出来事が起こったのだ。

ある日、他部署にいる、私と少し仲の良い新人さんが手違いでかなり大きなミスをしてしまった。会社全体がその対処に追われ、どうにか目処がついた頃、新人さんは一人で泣いていた。その部署の人間は誰も新人さんを責めなかったし、「気にするな」と声をかけていたが、新人さんは日頃から真面目に仕事を頑張るタイプで、「皆に迷惑かけてしまった」と自分を責めていた。「ああ、どうしたってそういう気持ちになるよね…。でも、誰も死ななかったし、よくよく考えてみたらたいしたことじゃないよ。」と、慰めにもならないことを言ったが、新人さんは黙っていた。

勤務が終了してかなり遅くなっていたので、私は自分のデスクに戻り急いで帰り支度をしていた。そこにハゲ黒がやってきた。ハゲ黒は普段は私に話しかけてこない。だが、珍しく話しかけてきた。新人さんのしたミスのことだった。「あいつ、大丈夫ですかね?まあ、やってしまったことは仕方ないんで、あいつには気持ちを切り替えてやって欲しいですね。」と心配しているようなことを言ってきた。だが、次に出た言葉は「でも、こんなミスするなんて前代未聞ですよ。あいつにはその重さをよく知っておいてもらいたいですね。あいつと話す機会があったら、伝えてもらえます?」と言った。

気がついたら「そんなこと私は言いません!」と大声を出していた。ハゲ黒はちょっと怯んだように見えたが、「ああ、そうですか」と去って行った。

その日以来、ハゲ黒とは口も聞いていないが、ハゲ黒に対する怒りがことあるごとにフツフツと沸くようになった。何かをしていても、不意にあの「したり顔」が浮かんできてイライラするようになった。罵倒してやりたい気持ちになるのだ。思い出し怒りだ。何にこんなに腹が立つのだろう。

ふと、世の中の不条理を思った。ハゲ黒は自己アピール努力の甲斐があってか昇進した。新人さんはあれ以来仕事を休みがちになった。

したたかに生きることが生き残るためには重要なのだろう。言ったもん勝ち、やったもん勝ち。そりゃそうだ。それが世の中、社会ってものだ。

今日も私はプリプリと思い出し怒りしながら、「そんなことはない!」と無駄にエネルギーを発散させている。



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