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戦場を駆ける紅 【#一駅ぶんのおどろき】

戦場を駆けるその人は、美しかった。

白い胴着に黒い袴で馬に跨がり、誰よりも速く荒野を駆け抜ける。
銀色に光る刀を振り払い、次々と僕の仲間を斬り倒していく。

透き通るような白い肌、大きな瞳。
漆黒の長髪を馬の尾のように結っている。

女だろうか。この合戦に?


◆◆◆


大量の屍で地獄絵図と化した荒野に、冷たい風が吹く。

圧倒的な彼女の強さが追い風となったのか、
勢いづいた敵軍は、どんどん僕の仲間を倒していった。
彼女があっさりと大将の首をとり、我が軍は敗北した。

……ああ、短い人生だったなあ。
来世は、もっと強く生まれたい。
せめて、初陣で生き残れるくらいには――……

目を閉じたその時、誰かが僕の襟ぐりを掴んで引っ張り起こした。

「お前、生きてるのか」

ああ、彼女だ。
抜きんでた強さで戦場を凌駕した、美しいあの人。


◆◆◆


「いたたたたたっ」
「あのなぁ、こんなの擦り傷だろ」

荒野の東、小高い山の中腹にその人の小屋はあった。
鹿の油で作った薬を患部に塗られ、情けない声をあげてしまう。

戦屋(いくさや)――それが彼女の正体らしい。
金や食料などの報酬と引き換えに軍に入り、勝利に貢献する。
噂には聞いていたが、敵軍に入っているなんて思わなかった。
それに、女だとも。

彼女に、刀の稽古をつけてもらえないかお願いした。
姿勢、相手との間合い、刀の使い方。
戦で見た、無駄のない美しい動きに魅了されていた。
仲間を殺めたことなど忘れてしまうくらいに。

彼女は嫌がったが、
炊事・洗濯・掃除の全てを僕がやると交渉したら
あっさりと承諾してくれた。
僕は、その人の弟子になった。


◆◆◆


「僕も、一緒に戦わせてください!」

弟子になって三ヶ月が過ぎた満月の晩、その人に懇願した。
稽古で、褒められることが増えてきた頃だった。

実戦を積んで、もっと強くなりたい。
何より、彼女の役に立てたら――……

その人は一瞬驚いた顔を見せたけれど、
不敵の笑みを浮かべてこう提案した。

「七日後の夕刻、勝負しよう。
私に勝てたら、次の戦に連れて行ってやる」


七日間、死に物狂いで稽古に励んだ。
勝てるとは思っていなかったけれど、
認めてもらえる可能性はあるかもしれない。

時折、丘の上からその人の戦を覗き見た。
大将に狙いを定め、
迷いなく荒野を駆ける勇ましい姿に惚れ惚れする。
立ち塞がる敵の群れを、臆せずに斬り拓く。
鮮血を浴びる彼女は、誰よりも輝いていた。


◆◆◆


勝負の日、約束の時間になって山を降りた。
荒野に向かう。
今日の空は、やけに赤が深いなと思った。

無数の屍の先、ひと戦を終えた彼女が凛と佇んでいる。


「――始めようか」


血で汚れた刀を、真っ直ぐ僕に突き付けた。
刀を構える手が震える。

ザアっと大きな風が吹いた瞬間、
彼女は地面を蹴り出して僕に向かってきた。
一気に間合いを詰められ、刀がぶつかり合う。

剣が重い。防戦する一方だ。
なんなんだこの強さは。
さっきまで此処で戦をしてたっていうのに!
このままで負けてしまう!!


……負ける……?

違う、殺される。


屍に足を取られた。
身体がよろけ、尻もちをついてしまう。
顔を上げる。
その人が僕を見下ろしていた。
瞳に射抜かれ、微動だにできない。


これまで、たくさんの彼女の顔を見てきた。
美味しそうにごはんを食べる顔。
不出来な僕に呆れる顔。
僕の剣を褒める穏やかな表情。
そして、戦場で人を斬る時の、恍惚とした、あの顔。

でも、今の顔はそのどれでもない。
表情は悲哀に満ちているのに、瞳には憎しみを宿している。


「やっと死ねると思ったのに――……
まだ、早かったな」


赤い空に刀を振り上げ、下ろす。
僕は、真っ二つに切り裂かれた。




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