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夢に出てくる街

誰にでも夢に出てくる街があると思う。

それはおそらく、あなたの魂のホームタウンだ。

年に複数回、同じ街が夢に出てくるだろう。その街は大抵、幼少期過ごしたいくつかの街が輪郭になっている。

そして成人後に過ごしたり訪れたりした、たくさんの街の面影がそこに入ってくる。幼少期深く馴染んだ街の輪郭の中に、大人になったあと知った、あちこちの街のカラーが詰め込まれていく。

だから夢の街は、訪れるごとに姿を変える。しかしおぼろげながらも輪郭はあるので、完全に別個の何かになってしまうことはない。

あくまで輪郭を歪ませながらも絶えず変化してゆくのだ。

建物が一軒家だったはずが、マンションになっている。その道のそこに角はなかったはずなのに、角の先がある。そこに川が流れていた記憶はないが、今は川が流れている。そこは坂道であったことは確かだが、そんなに道幅はあっただろうか。そんな量販店はそこに建っていただろうか。そんなところに鉄道駅があっただろうか、バス停はあっただろうか。

夢の街は、記憶に強く残るいくつかの街が混ざり合うように作られてゆく。だから人生を長く生きれば生きるほど、不可解で複雑な街になってゆく。

登場人物も同じだ。親族や親戚、幼い頃の友人たちは頻繁に出てくる。しかし成長すればするほど、人物は多くなり、またキメラになる。

大学の友人でもあり、幼なじみでもあり、会社の同僚でもあり、サッカー部の仲間でもあり、取引先でもあり、飲み友達でもあり、馴染みのキャバクラ嬢でもあり、性交渉相手でもあるような一人の人物が出てくることもある。

一人の人物が性別も超えてゆくが、全く知らない人ではなく、どこかで知っている人たちのミックスだ。これも街の構造と同じで、多くの人と知り合えば知り合うほど、歳を重ねるごとに、僕らの魂のホームタウンに暮らす人間たちが、ややこしい属性になっていく。人口は増加し、また、ひとりひとりの個性も複雑怪奇になっていく。

よくあるのは現実に性交渉フレンドだった女性とのエピソードで、現実にあったようなノリで当然のように性交渉をしようとするが、その顔が、いつの間にか、性交渉したくてしたくてたまらなかったけど仲良くなれなかった別の女性に、変わっているということだ。それがいつの間にか変わっているということに夢の中で気づくと、その女性とは性交渉できなかったのだという現実の圧に負けてしまい、夢は交渉一歩手前で醒める。

いつも同じパターンで、大抵は「さて、反応はわるくないぞ。この後こそ二人きりになって…」という算段が立ったあたりで終わるのだ。しかしそもそもどんな相手であれ夢の中で無事に交渉できたことは都合3回くらいしかないが、あれは天にも昇る思いであった。

***

夢の街には眠っている間しか行くことができない。逆に言えば眠っている間は、あの街に住んでいるようなものだ。枕に頭を預けている間、僕たちの体の半分、心の半分もあの街に預けていることになる。

もしも半分で満足できず、あの街に本当の本当に行きたいのだとしたら、できるだけ穏やかに眠り、二度と目を覚まさないこと。それくらいしか、方法がない。帰ってこなければ、いつまでも夢の街の住人だ。いまちょうど、僕の机の上にはロープがあったとしよう。もしもそうだとしたら、僕はその方法を選ぶことができるかもしれない。

共和2年7月18日 東京都内のマンションで 詠み人知らず

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