見出し画像

オーケストラの衣装の男女差。

梅雨入りしました。雨が降るとなかなか気持ちが落ち込んだりしますが、このところ気温は過ごしやすい日が多いですね。昨年と違ってコロナも落ち着いてきたので、週末に外出する機会も増えてきたと思います。

私は音楽が好きなので、久しぶりにコンサートに行ったりしています。ポップスもロックも好きですが、やはりクラシックは格別ですね。贔屓にしているアーティストの歌も大好きですが、フルオーケストラの迫力と臨場感は理屈ぬきに身体じゅうにしみわたる気がします。



久しぶりにオーケストラを楽しんで、ふと感じたことがあります。
楽団やステージのコンセプトにもよるかもしれませんが、最近はなぜか衣装の“男女差”がとても広がっているような気がします。

オーケストラの楽団の正式な衣装は、夜は燕尾服、昼はタキシードであり、女性奏者はこれに準ずる服装とされています。基本的には燕尾服に対応するのは黒のカクテルドレス(フルレングス)、タキシードに対応するのは黒のドレス(ロング~膝下丈)です。

袖丈についてはオケの種類や季節、楽器によっても異なることがありますが、長袖、半袖、ノースリーブなどかなりの幅があります。コンセプトによって長袖が正装という場合もあれば、肌を出した方がフォーマルとされるケースもあるため、実際には奏者によってバラバラな演奏会も少なくありません。

バイオリンやピアノなどのソロパートをメイン奏者として担当する場合は、演出的な意味合いをこめて肌を出したドレスを着用することが多いですが、一般的にはバイオリンなどの弦楽器やハープシコードなどはノースリーブを着用する人が多く、パーカッションなどの打楽器やトランペットなどの管楽器は長袖や半袖を着る人が多い傾向があるかもしれません。

テレビなどで演奏会を鑑賞していても、たしかにバイオリンはノースリーブの奏者が目立つし、トランペットなどは長袖の奏者が多いようなイメージがあります。でも、同じ楽器でもノースリーブ、半袖、長袖が混在していることもあるので、このあたりは個人に裁量があるケースも少なくないのでしょう。



たまたま知り合いにオーケストラの楽団をしていた人がいるので、そのあたりの衣装のことについて聴いたことがあります。

クラシック演奏の奏者は観客に最大限の敬意をしめす必要があることから、演奏会のコンセプトや格式にもよるとはいえ、基本的には女性奏者も黒のドレスを着用するのがスタンダードだといいます。

ただ、コントラバスやチューバなどの大型の楽器でカクテルドレスを着用すると演奏時にドレスの裾が楽器やコードなどに絡んでしまって危険なこともあるので、やや裾の短い略装のドレスやパンツスタイルで演奏に臨む例も少なくありません。

そして、カクテルドレスなどは動きにくく汚れに弱くて高価なために次第に敬遠されていき、よほど格式の高い演奏会でなければ黒のブラウスとスカートなどで演奏することも認められることも多くなりました。

同じ楽器でも、ノースリーブ、半袖、長袖などの個性が出ることがあるのは、このような略装化の流れの中での現象でもあるようです。



一方で、男性奏者の衣装は、今なお燕尾服やタキシードが基本。なかなか燕尾服姿を見るケースは少ないにしても、クラシックの男性奏者といえば、やはり例外なくタキシードを着用している姿を想像しますね。

これはクラシック奏者の歴史と関係しているようです。かつて西欧では正式な楽団に女性が就任することは許されず、あらゆる楽器の奏者はすべて男性奏者によって担われていました。

そして例外的に女性奏者が登場することはありましたが、多くの場合はあくまでオブザーバー的な位置づけであり、長らく正式な楽団員として認められないケースがほとんどでした。

楽団になるための技量を測る演奏会で、タキシードを着た男性奏者が印象的に好評価され、そうではない女性奏者が演奏の実力以上に過小評価されていたのが、あるときカーテンで仕切って奏者の姿が見えないようにしたところ、いっきに女性奏者の採用率が上がったというのは、有名な話です。

このような差別の歴史が、いみじくも女性奏者の衣装の多様化につながることになり、逆に長い歴史のある男性奏者の衣装は今なお伝統を保守しているといえるのです。



ところが、燕尾服やタキシードは、格調高いシックな美しさとはうらはらに、演奏自体にはまったくもってふさわしい衣装とはいえません。タキシードを着て動き回ったことがある人なら分かりますが、夏は暑く冬は寒い上に動きにくく、何をするにも実用的な衣装ではありません。

さらに、バイオリンなどは蝶ネクタイが演奏の邪魔になるし、弦楽器の松脂などが付着したときにこれほど取り回しが悪い衣装もない。ブラウスやカットソーならどれだけ汚れても自分で洗濯できますが、さすがに燕尾服やタキシードはクリーニングするしか選択肢がない上に、生地に汚れが付着しやすいのでクリーニング業者にも敬遠されます。

普段ブラウスやワンピースで演奏している女性奏者が、あるとき興味本位で仲間の男性奏者の燕尾服を借りて着用したところ、「こんな暑くて息苦しいのを着てとても演奏できない」と、数分で脱ぎ捨てた逸話もあるそうです。

夏場が暑いのは当然のこととして、冬でも薄着の女性奏者が耐えられるようにしっかり空調が効いている上に、ステージ上はライトに照らされたり音響機器に囲まれているので、どちらかというと年中暑いのです。

涼しい顔をして演奏している同じバイオリン奏者でも、本当に涼しくノースリーブ姿で演奏している女性奏者の隣りで、内心うだるような暑さにもがきながら必死に演奏している男性奏者。そう考えると、滑稽というか、気の毒にも思えますね。

一般的に女性よりも男性の方が暑がりさんが多いことを考えたら、不思議といえば不思議なルールであり、冷静に考えたら意味不明なしきたりだと思います。



こんなふうに考えると、かつての圧倒的な男性中心の社会で、圧倒的に女性が差別されていた時代の名残りで、今なお男性はその遥かノスタルジーにひたって、旧態依然たるカルチャーやしきたりに縛られているといえなくないのかもしれません。

もしも演奏が実力本位で判断されるとするなら、最大限のパフォーマンスが発揮できる衣装の方が推奨されてもおかしくないですし、ステージの統一感を目指すのであれば女性奏者のみがバラバラの衣装というのは、見方によっては一体性を欠く光景だといえますね。

オーケストラに限らず、この手の話は世の中のあちこちに散在していると思います。それがかつて燕尾服やタキシードを着ていれば丁寧に扱われ評価の対象になった時代の残滓だとするなら、そろそろアップデートが必要なような気がします。

環境省がクールビズを推奨する時代。真夏は男性奏者が半袖のシャツで演奏してもまったくおかしくないですし、逆に燕尾服を着用できる温度まで空調を効かせるのはまったく環境に優しくないし、女性奏者たちは寒くて震え上がるかもしれません。

昨今の多様性の尊重による制服の自由化やユニセックス化の流れを受けて、オーケストラの奏者にも男女共通の実用的なアイテムがあったらいいなと思うのは、私だけではないと思います。



女性が女らしさを押し付けられて差別されたり排除されるのは論外ですが、男性が男らしさにとらわれすぎて息苦しい思いをするのもやはり問題であり、それが結果的に女性よりも優位に立ちたいという差別思考を助長しているのだとしたら、男性にも自由化を求める方策は有効かもしれません。

伝統の格式を誇る一部の楽団や演奏会は別格として、指揮者やコンマスからすべての奏者にいたるまで、動きやすく統一感のあるユニセックスな衣装で演奏してもまったくおかしくない時代がくるのも、それほど将来のことではないような気がします。

守るべき歴史や伝統はしっかり守りつつ、時代の流れに敏感に変えるべきは大胆に変えていく。これはどんな分野や領域にもいえることだと思います。

新たな時代の“男女協働”の美しい音色が、性差のみに操られない個性と表現力を載せて世界に響き渡るのが楽しみです。

この記事が参加している募集

学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。