なぜ「メンズカット」が流行るのか?
最近、「メンズカット」が流行っていますね。
ここ10年くらいは女性の髪形もかなり多様化が進み、従来のショートヘアにとどまらないようなヘアスタイルも増えてきましたが、このところはさらに拍車がかかっているように感じます。
コンビニとか駅とかで、完全にメンズカットで刈り上げにしている人をみると、背が高かったり、肩幅ががっちりしていたり、ファッションもまるで男性だったりすると、その人が声を発するのを聞いて、「あ、女性だったんだ。。」と分かるような場面もまあまあ多いです。
もうツーブロックにするくらいは当たり前で、サイドはほぼ刈り上げてしまったり、全体をごく短髪にして男性的なシルエットをつくるのも、それほどはばかられない時代です。
もともと女性と男性とでは骨格や髪質が違うため、女性がそのままメンズ風のヘアスタイルにしても方向性が変わってしまったり、仕上がりに違和感があることもありますが、最近は都心部を中心に女性向けのメンズカットに対応する美容室も増えてきたことから、今後はさらにニーズに応じた技術の向上やアレンジの幅がひろがっていくと見られます。
それでは、なぜここまでメンズカットが流行ってきたのでしょうか?
少し前のコスプレブームにも見られるように、「憧れのキャラクターを目指したい」という志向は多くの人にあり、そんな潜在心理を包み隠さずに実行していくという流れもひとつだと思います。
女性は男性のイケメンキャラに憧れることが多いことから、いつかは自分もそれに扮して「イケメンカット」をしたいと考える人も少ないでしょう。
実際にコスプレイベントやハロウィンでなくても、あるキャラクターを意識してショートヘアにしていくうちに、「もっと」という衝動がとまらなくなり、メンズカットに踏み切ったという人もいます。
今は多様性が叫ばれる時代で、制服もスカートだけでなくスラックスも選べる風潮の中で、多少の男性化を帯びていっても許容されるという潮流も影響しているといえるでしょう。
そして、男性と女性の社会における役割が大きく変容しつつある時流も反映しているかもしれません。
歴史を遡ると、江戸時代まで日本では男性も女性もある程度の長髪が当たり前で、多くの男性たちはさかやきを剃ってまげを結い、女性たちは肩まで下した長髪に櫛を通しました。男女問わず極端な短髪は出家を想起させ、俗世では違和感を覚えるのがむしろ通例でした。
明治4年に散髪脱刀令が布告されると、まげを切り落として短髪になる男性が増えていき、翌年の女子断髪禁止令で女性の断髪=ショートヘアが禁止されると、文字通り髪型によって男性と女性とのカテゴリー分けが実行される時代を迎えます。
そんな中でも、女性たちの中にも短髪を志向する動きが見られ、大正時代のモダンガールから、ヘップバーンカットにいたるまで、さまざまなファッションが脚光を浴びてきました。
そして、令和の時代、「食事をしたら男性がおごるのが当たり前」と発言しただけで炎上するご時世。結婚してもダブルインカムが常識となると、ヘアスタイルも女性だから○○という発想はむしろタブーに近づくのかもしれません。
今はさまざまな研究の中で、いわゆる女性脳、男性脳という考え方は適切でないという理解は主流となり、かつての人類は男性=狩猟、女性=採集をもっぱらとしていたという絵も塗りかえられ、男性は仕事中心、女性は家庭中心という役割分担も、改められるべき古いモデルだと国が力強く発信しています。
こうなると、明治以来のある種の社会システムの投影として引き続いてきた男性、女性というカテゴリー分けに基づく髪型の違いも、そろそろタブーなく塗りかえられてもまったく不思議ではないといえると思います。
奇しくも、今は主婦の扶養制度(年金や医療、税金など)見直されようとする時代です。今まで「もう古いのでは?」と思っていても、なかなか社会的に見直しの流れにはならなかった従来のシステムが、遅ればせながらようやく真正面から問われている流れとも、どこか平行しているようにも感じます。
メンズカットにしても、パンツルックにしても、スニーカーにしても、とにかく動いやすくて実用的です。多くの女性が今まで活躍してきた男性たちを凌ぐほどの活躍が期待されている時代には、ある意味あまりにもまっとうな流れなのかもしれません。
一方で、古来から人間の長髪にはさまざまな念がこもっているとされ、神秘的でエンパワーされる力の象徴ともされてきました。男性が主に身体によって経済社会を担い、女性が主に心によって家庭を切り盛りするという分離の中で、事実上この機能はもっぱら女性にあてがわれてきたともいえます。
賛否はともかく女性の短髪化=象徴としての男性化がすすむと、こうした社会的な機能や意識にも有形無形の影響が出てくると考えるのが自然でしょう。この点、女性がいかにフィジカルを鍛え、男性がいかにメンタルを鍛えるかという対比の構図に置かれる面も少なからず出現すると思います。
ひるがえって、男性の「レディースカット」が女性の「メンズカット」と同じように認知されるにはしばしの時間がかかりそうですが、うがった見方をすればそのくらいの多様性と寛容性に社会が舵をきるくらいのことがないと、「メンズカット」が本来の光沢を放つのもまた厳しいといえるのかもしれません。
学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。