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履歴書から「性別記載欄」をなくす運動について。

「性別記載欄」をなくす社会運動の高まり

履歴書から性別記載欄をなくそうという運動が盛り上がっています。
ある署名活動では今年2月から1万以上の賛同が集まり、関係団体などに対する申し入れを行っています。
すでに東京23区の一部などでは採用試験の履歴書の性別記載欄を廃止し、大手文具メーカーコクヨでも性別記載欄の廃止を検討しています。


憲法や男女雇用機会均等法の規定は

そもそも履歴書の性別記載欄は何のためにあるのでしょうか。

日本国憲法ではすべての国民に職業選択の自由が保障されており、性別に関わらずあらゆる職業を自由に選択することができます。

日本国憲法 第22条 
何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。


男女雇用機会均等法では募集や採用における男女差別を禁止し、身体的特徴や家庭環境などを条件とする間接差別を禁止しています。

男女雇用機会均等法 第5条 (性別を理由とする差別の禁止)
事業主は、労働者の募集及び採用について、その性別にかかわりなく均等な機会を与えなければならない。
第7条 (性別以外の事由を要件とする措置)
事業主は、募集及び採用並びに前条各号に掲げる事項に関する措置であつて労働者の性別以外の事由を要件とするもののうち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについては、当該措置の対象となる業務の性質に照らして当該措置の実施が当該業務の遂行上特に必要である場合、事業の運営の状況に照らして当該措置の実施が雇用管理上特に必要である場合その他の合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない。


「性別を理由とする差別」の禁止

具体的には、以下のような「性別を理由とする差別」は禁止されており、事業主がこれらの募集や採用を行った場合は、労働局(雇用均等室)から厳しい行政指導を受けることになります。

①募集・採用の対象から男女のいずれかを排除すること。
②募集・採用の条件を男女で異なるものとすること。
③採用選考において、能力・資質の有無等を判断する方法や基準につ
いて男女で異なる取扱いをすること。
④募集・採用に当たって男女のいずれかを優先すること。
⑤求人の内容の説明等情報の提供について、男女で異なる取扱いをす
ること。



さらに、以下のような「間接差別」を行うことも禁止されています。

①募集・採用に当たって、労働者の身長、体重または体力を要件とす
ること。
②労働者の募集・採用に当たって、転居を伴う転勤に応じることがで
きることを要件とすること。


厚労省の『公正な採用選考をめざして』(令和2年版)では?

厚生労働省が公表している『公正な採用選考をめざして』(令和2年版)の「はじめに」では、すべての求人者・雇用主が守るべき採用選考の理念について、以下のように記載しています。

「職業選択の自由」は、国民がどんな職業でも自由に選べるということですが、不合理な理由で就職の機会が制限されている状況だと、その精神を実現することはできません。つまり「職業選択の自由」の精神を実現するため
には、不合理な理由で就職の機会が制限されないということ、すなわち「就職の機会均等」が成立しなければなりませんが、それを実現するためには、雇用する側が応募者に広く門戸を開いた上で、差別のない合理的な基準に
よる採用選考を行っていただくことが不可欠になってきます。 

差別のない合理的な基準による採用選考とは、人種・信条・性別・社会的身分又は門地などではなく、本人の適性と能力のみを基準として採用選考を行うことにほかなりません。 

以上のことから、雇用主は、応募者に広く門戸を開いた上で、本人の適性と能力のみを基準とした『公正な採用選考』を行うことが求められているということがいえます。


本人の適性や能力に関係がない事項を応募用紙等に記載させてはいけない

採用選考の基本的な考え方については、以下の2点を基本的な考え方として実施することが大切だとされています。

・応募者の基本的人権を尊重すること
・応募者の適性・能力のみを基準として行うこと

公正な採用選考を行う基本は、以下の理念に基づいて就職の機会均等をはかり、誰でも自由に自分の適性・能力に応じて職業を選べることが重要だとされます。

・ 応募者に広く門戸を開くこと
(雇用条件・採用基準に合った全ての人が応募できる原則を確立する)
・ 本人のもつ適性・能力以外のことを採用の条件にしないこと
(応募者のもつ適性・能力が求人職種の職務を遂行できるかどうかを基準として採用選考を行う)


さらに、採用選考時には、以下のような本人の適性や能力に関係がない事項を応募用紙等に記載させたり面接で尋ねることは適切ではないとされます。

<本人に責任のない事項>
・本籍・出生地に関すること
(「戸籍謄(抄)本」や本籍が記載された「住民票(写し)」を提出させることはこれに該当する)
・家族に関すること
(職業、続柄、健康、病歴、地位、学歴、収入、資産など)(注:家族の仕事の有無・職種・勤務先などや家族構成はこれに該当します)
・住宅状況に関すること
(間取り、部屋数、住宅の種類、近郊の施設など)
・生活環境・家庭環境などに関すること

<本来自由であるべき事項(思想信条にかかわること)>
・宗教に関すること
・支持政党に関すること
・人生観、生活信条に関すること
・尊敬する人物に関すること
・思想に関すること
・労働組合に関する情報(加入状況や活動歴など)、学生運動など社会運動に関すること
・購読新聞・雑誌・愛読書などに関すること



履歴書に「性別」を記載する合理的な根拠は乏しい

このようにみていくと、日本の法体系や国がしめす採用選考のルールにおいては、「性別」は採用選考にあたって基準としてはならない要素であることは明確であり、「性別」を理由に採用する・しないを判断することは明らかに「合理的な基準による採用選考」に反することになります。

「男性○人、女性×人」といった求人内容自体も原則として男女雇用機会均等法に違反することから、雇用主が求職者の性別についての情報を取得する必要があるのは、あくまで採用・入社後の労務管理にあたって求められる最低限の必要性に対応したものだといえるでしょう。

具体的には、会社が付与する制服、更衣室などの福利厚生施設といった場面に限定されると思います。ただし、制服についても世界的なダイバーシティの流れの中で男性用・女性用という区別をなくす方向性が広がりつつあり、トイレや更衣室についても昨今はLGBTの人などにも配慮した対応が求められる時代であることから、性別による管理が必要とされる場面は現実的にはごくごく狭い範囲だということができるでしょう。



昭和的な「固定観念」が事実上の差別を助長

以上のように考えると、履歴書に必ず性別記載欄があることはそもそも不思議なのであり、その区分に基づいて現実的に採用選考が行われているのは法の理念に反するといえます。

それでも何故にここ数年の社会運動の高まりに至るまで、性別記載欄の適否が公に議論されることがなかっただけでなく、その存在に疑問が寄せられること自体がほとんどなかったのでしょうか。

それは、ひとえに私たちの社会の「固定観念」だといえると思います。

昭和の時代、男は仕事、女は家庭という生き方に真正面から疑問を抱く人はほとんどいませんでした。その延長線上に、ほとんどの職場は男性が正規の中心メンバーで、女性はあくまで非正規のサブメンバーという発想が、無意識のうちに刷り込まれることになったのです。

だから、今でも採用選考にあたっては、事実上、男性であるか女性であるかという区別が、潜在的・無意識レベルでは大きな基準・要素となってしまっているのです。

法の理念としては性別を基準に採用選考をしてはいけないとしながら、働き手を求める雇用主は男性であるか・女性であるかを大きな判断要素として採用選考を行い、就職先を求める求職者も男性らしさ・女性らしさをPRすることを通じて適職を探そうとしています。

これは現在の社会の大きな構造的な問題ということができると思いますし、少し厳しいいい方をすれば多くの人が矛盾を意識せずに事実上の差別を助長しているという意味では、社会的な病理ということができるかもしれません。



採用選考にあたって「性別」は必要のない情報

いかに法律で男女差別の禁止を規定し、公正選考の理念を高らかに訴えても、国が全体として前代的な価値観の矛盾に気づかずに変革する意思を共有できないのであれば、結果として時代が前に進むことはできず、あるいは気の遠くなるような時間と労力を要してしまうものです。良くも悪くも“保守的”な考えの人が多い日本では、なおのことでしょう。

私は、国の責任において時代を先取りしたガイドラインを策定すべきだと考えます。国民の声や署名運動や民間企業の自助努力のみに委ねるのではなく、国が力強いメッセージを発信することで、雇用主や労働者だけでなく広く国民各層の意識変革を促すことができると思います。

そもそも、採用選考にあたって「性別」は必要のない情報であり、それどころか本来はそれに基づいて採用選考すること自体が法の理念に反するものです。ところが、今の日本においては、法体系としては明確に「性別」による差別を禁止し、採用選考にあたっての基準にしてはいけないことがうたわれているにも関わらず、事実上は求職活動における履歴書においてもエントリーシートシートにおいても、「性別」の記載が禁止されていないどころか、むしろそれが“標準様式”として公に認められているのが現実です。



国の明確なメッセージ発信に期待

このような矛盾、ダブルスタンダードの状態を解消するためには、ひとえに国が明確な政策転換を行い力強いメッセージを発することが何よりも有効だと考えます。そのことが、LGBTなどの性的少数者の人たちの差別解消につながるだけでなく、広く就職や勤労をめぐる男女差別の解消に寄与していくことは間違いないと思います。

国の時代の一歩先を見据えた動きに、心から期待したいものです。

学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。