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今日も明日も

スマホから警鐘がなる。耳障りな音に、意識は無理やり引き起こされた。僕はアラームを止めてもう一度布団にくるまる。
「疲れた。」
誰にも届かない声は部屋に沈み込む。遠くから忙しそうにする母親の声が聞こえた。朝6時半、もう空は白み始め、車の音は朝を告げた。
「学校嫌だな。」
と、心の中で呟く。ボロボロの天井を眺めながら、思考を停止して現実逃避。スマホを手にしてようやく頭が働き始める。ツイートについたいいねに少しの満足感を得て、LINE、DMに返信をする。誰かのツイートでも見ようかと思った頃、ドアが思いっきり開かれた。
「おはよ!行ってくるね。」
僕は急いで顔に笑顔を貼り付けて返事をする。
「おはよう。行ってらっしゃい」

「相変わらずノックも出来ないのね。」
とドアが閉まった後に呟く。こんな事にも怒ってるなんてよっぽど心に余裕が無いのだと、自分が嫌になる。いい加減に準備を始めなきゃいけない。僕はノロノロと立ち上がり、布団を畳んだ。決まった時間になるアラームに、決まった時間に家を出る父親。いつも通りの今日が始まったのだと思うと憂鬱な気分になる。熱は無いな、吐き気はするけどいつも通り。ちょっとフラフラするけど、これも学校を休むほどじゃ無い。学校を休みたいと思いつつ、行ける時に行かないと単位を落とすかもしれない恐怖。これくらいの体調なら学校に行かないといけない。

リビングに行くと、もう妹たちは学校の準備を終えていた。
「おはよー」
適当に投げた言葉は母親によって拾われた。
「おはよう」
母親から挨拶が返ってくる。これもいつも通り。食べる直前になって、よそったご飯が多かったなと少し後悔。ご飯を口にいれると、喉はご飯を通さまいと抵抗してきた。とっさに口を手で抑え、無理やり飲み込む。朝ご飯だけは食べるのが苦手だ。それでも、授業中にお腹がなるリスクを考えれば、食べないという選択肢はなかった。

学校の準備を終え、制服を着る。この瞬間が一番嫌いだ。これから学校だというストレスが全身を襲う。吐き気がして少しうずくまる。太ももを叩き、痛みを与えることで無理やり体を動かした。気付けば時間ギリギリ。
「行ってきます。」
声を絞り出して家を出た。

行き交う車と歩行者。あの人昨日も見たなとか、いつもあった車が無いなとか、くだらないことを考えながら自転車を漕ぐ。自転車で右側を走ったり、横に広がったりしている高校生を心のなかで咎めながら、よほどお節介なのだと自分に苦笑した。
交差点を横切ろうとした時、高速で車が近づいていた。他事を考えていたせいで気付くのに遅れる。とっさにブレーキを握って車を避けた。荒々しい運転をする車を見送りながら、車を避けたことを後悔していた。死にたいなんて考えながら、安全運転で、とっさに生を選択する自分。呆れるしか無いのだと思う。千載一遇のチャンスを自ら手放した事にため息をつきながら、学校への道を急いだ。

教室ではクラスメイトと可能な限り距離を取りながら、目を合わせないように気をつける。それでもどうしても話しかけてくる人はいた。話し相手の目の向き、足の向き、声のトーン。ほんの少しの要素を拾うことに全力をかける。

今僕はちゃんと笑えてるかな。鑑が欲しい、自分の顔を確かめながら話したい。今の返答は相手が返事に困るものじゃない?あれ想定してた返事じゃない、どう返せばいいんだろう。分かんない。取り敢えず肯定しなきゃ。

頭の中は、人と話すたびに騒がしくなる。オーバーなリアクションに、相手の求める言葉を発する事に全力をかけた会話。僕が会話してて楽しいと感じることは無いけれど、相手からはそれなりの評価がもらえるはずだ。努力の結果として、僕はそれなりに話しやすい人らしい。広く浅く、話し相手はいる。それでも誰かの一番にはなれない。話すたびに疲れるから、自分から積極的に話しかけに行く事は出来ない。だから、暇な時に話しかけに行く相手、それ以上にはなれなかった。

授業の時間になってようやく会話から解放される。だからと言って楽になるわけじゃない。もし先生に当てられても大丈夫なように必死にノートを取り、答えを先に導く。クラスの中で築いた「それなりに頭が良い人」って言う地位を守るためには間違える訳にはいかないから。取り繕って、誤魔化して、何とか現状にしがみつく。そこに意味なんて無いのに。

帰り道、このままどっか行ってしまおうかとか、荷物背負ったまま川に飛び込めば死ねるかとか考えながら、相変わらず足は家へと向かう。考えるだけで、繰り返しの生活から外れることは無い。
家に着いて倒れ込む。制服を脱ぎ捨てて、少し休憩。スマホに来た通知の処理をする。自分との会話面倒くさく無いかなって心配しながら返信、面倒くさい人には適当に返す。自分のツイートのいいね少ないな、なんて承認欲求の塊みたいな思考に自己嫌悪した。

6時になって、ようやく僕は動きだす。リビングに行くと、ゲームをしている妹達、干しっぱなしの洗濯物、動いていない炊飯器が視界に入った。洗濯物を取り入れて、畳んで、ご飯を炊いて。少しはやってくれても良いのにとは思うものの、わざわざ言うよりは自分でやった方が楽で、結局一人で家事を一通りやった。

父親とのご飯は居心地が悪く、すぐに食べて部屋に逃げる。そこからゆっくり宿題やお風呂を終わらせて、気づいた頃には12時を越していた。

今日を振り返って思う。何か楽しかった事はあったのか、進展はあったのかと。僕は無いと断言出来た。きっと明日もこうなのだろう。明後日も、明々後日もきっと同じ日々。これがいつまで続くのかと思うとゾッとした。明日はきっと生きてる。1週間後も多分生きてる。だけど半年後はどうかな、1年後は。生きてたくない。こんな日々の積み重ねで作られた僕の一生は、きっと空虚だ。大人になっても、学校が仕事場に変わるだけ。死ぬ直前も、今と大して変わらないのだと思う。死ぬほど辛いとは言わないけれど、生きたいとは到底思えない。もう疲れた。疲れた。

ぐるぐる渦巻く思考が大人しくなったのは、2時を越した頃だった。
起きればまた、憂鬱な今日が始まる。

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