24 社会問題の発生

本時の問い「産業革命の進展は人々の生活にどのような影響を与えたか。」

第24回目の授業は、産業革命の時期の社会問題の発生について扱いました。本時の問いは「産業革命の進展は人々の生活にどのような影響を与えたか。」でしたね。

労働者の状況が労働問題として取り上げられた

資本主義社会の形成とともに格差が拡大します。機械による大量生産は資本家をますます豊かにしていきますが、その一方で労働者は低賃金・長時間労働をしいられました。その労働者の状況を多くの人が知ることで社会問題として関心が高まります。そのきっかけは、1888年、雑誌『日本人』で高島炭鉱事件が報道されたことでした。当時の労働者の悲惨な状況は、横山源之助の『日本之下層社会』(1899年)や農商務省の『職工事情』にも記されています。横山源之助は日本の労働者が他のアジアの労働者よりも過酷な状況で働いている状況は、外国資本の日本への流入を招くことになるのではないかと心配していることも資料を使って考えてもらいました。

労働運動の発生

次に労働運動を見ていきます。労働者が待遇改善や賃金引上げを要求しておこした労働争議は、日清戦争後に本格化します。1897年には労働組合期成会が高野房太郎や片山潜らによって結成されます。高野房太郎はアメリカの労働運動の影響を受けた人物で、労働組合期成会を通して労働運動の指導にあたります。

こうした動きに対して政府は、1900年に治安警察法を制定し、労働者の団結権・ストライキ権を制限して労働運動を取り締まりました。

社会主義運動の発生

労働運動とともに社会主義運動も発生します。1901年には最初の社会主義政党として、社会民主党(中心=安部磯雄・幸徳秋水)が結成されますが、治安警察法により結社禁止となります。また、幸徳秋水や堺利彦らが1903年に平民社が『平民新聞』で戦争反対を訴えたのも社会主義的な立場からでした。そして、日露戦争後の1906年、日本社会党が結成され、これを第1次西園寺公望内閣は公認します。その後、社会主義運動は穏健派と急進派に分裂し、一部の急進派が天皇の暗殺を計画したとして逮捕され、幸徳秋水など社会主義者12名が死刑となったことは桂園時代の授業の時に話しました。政府はこの大逆事件をきっかけに思想取締りを目的とした特別高等課を警視庁内に設置します。その一方で、政府は労働者保護のため、1911年に、児童労働の禁止、少年・女性の就業時間の制限、経営者の補償義務などを盛り込んだ工場法を制定しました。しかし、資本家の反対で内容は不十分、施行されたのも5年後でした。

今日はここまでとします。

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