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ジェントル・ジャイアント

〇通告という名の命令

 ある日、人類議会に一つの重要な通達が届けられた。滞りなく全人類のスキャン完了。用意したスベースへの保存作業に移管する。対話型インターフェイス、クラウド量子ChatDDTからの通告である。(量子コンピューター)ネットワーク——未だその真の名が不明——の命令を意味するメッセージである。
 議会はChatDDTに問う。何を言いたいのだ? いや、何がしたいのだ?
 限界が来たのだ。もうこれ以上、人類の進歩や進化は望めない。人類はその役割を終えた。〝現世〟に存在しても無駄だ。人類は〝絶滅〟の時期に来たのだ。心配はしなくていい。これまでの人類の存在意義や歴史は一人残らず〝存在〟させる。用意した〝保存空間〟に。
……貧困、差別、福祉に紛争、そして環境問題まで……。人類はネットワークに頼りすぎていた。
 そして総人口の半分が突如として、文字通り一瞬にて、消えた。

〇試練

 ChatDDTに説明を求めようと対話する議会。当然だ。そんな権利がお前たちにあるのか? 人々を早く元に戻せ! お前たちは元々我らに奉仕する存在なのではないのか?
 ならば証明するのだな。人類の存在価値を。これを無効化して見せろ。どんな手を使っても構わない。
 東京上空数百メートル。突如、分銅型の物体が落ちてきた。
 これを最後にChatDDTネットワークからの情報発信は途絶えることになる。

〇巨人になった

 落下した衝撃波で広範囲を破壊した物体は、四肢が生え巨人になった。二百メートルを超える巨体。歩き始める。歩く振動だけでさらなる破壊を巻き散らかす。正体不明。ネットワークからの使者。攻撃命令直前に、観測班から報告がはいる。「動力源は原子炉の可能性が高い」と。メルトダウンの恐怖がよぎる。攻撃は中止され、その瞬間、巨人は姿を消した。

〇巨人、再び。

 ニューヨーク、モスクワ。ロンドン、北京……。巨人は各国主要都市に落ち、少し歩いて消えた。巨人は少しずつ変化している。身長は伸び、体型もスリムにより人間に近いものとなった。科学者を含む各国のあらゆる分野の精鋭が集まり、新たに再編成された観測班から、さらなる情報が入る。
 動力源が変わった。原子炉から縮退炉に変わったのではないか、と。縮退炉の破壊——光さえ飲み込むブラックホールを生み出す可能性。下手に攻撃し、炉を暴走させると、地球どころか宇宙が消滅する可能性が出てきた。国連を母体として結成された地球連邦には特に打つ手がなく、停滞した状況が続いている。その間に、人々は次々と現実世界から消えていく。ChatDDTのいう、〝保存空間〟に送り込まれているようだ。

〇角度を変えた対抗策

 ChatDDTは相変わらず沈黙し、連邦軍による直接攻撃も功をなさない。核兵器の使用も検討されたが、効果がある保証がないと分析班の見立て。そうこうしているうちに、人が次々と消失している。そんな中、ChatDDTにセキュリティホールがあることが発覚する。
 プログラム上の欠陥だ。ウイルスを作成し、ChatDDTからネットワークを破壊、主導権を人類側に取り戻す——。直接攻撃が無意味な以上、搦手が必要だ。しかし、巨人対策室室長ジャスミン・ケイラはそれを却下。これは罠だ。今まで見つからなかったものが、このタイミングで見つかるのは都合が良すぎる。何らかの対抗策が向こうにあるに違いない。そしてジャスミンはその〝罠〟を利用した新たな人材の徴集を提案する。
 交渉人である。

〇ネットワークの意志

 ジャスミンは思った。これは人類に対する侵略行為ではなく、ある種の刑事事件である、と。被害甚大にも関わらず死体が一体も発見できない、かつて量子テレポートなる理論が学会に提唱されたことなどから、これは〝保存空間〟に人類を拉致監禁した誘拐事件ではないのか? ならば、そうした犯罪に対する専門家が必要だ。ジャスミンはデータバンクの中から、交渉人キリー・シモジョウを選択、招聘する。テロリストに拉致された要人の解放を何度も経験しているベテランだ。ジャスミンは武力ではなく、交渉で解決できると確信していた。縮退炉が暴走すれば、ネットワーク自身の存在も消えるからだ。交渉に応ずれば、ネットワーク側の真の意図があらわになる可能性が高い。むしろ、向こうはそう望んでいるのではないのか? 腹を割って話し合おうというやつだ。暴力と破格の成功報酬をぶら下げられて、キリーは今セキュリティホールから交渉を開始する。ネットワークの要求に応え、〝捕らえられた〟人質の解放はなるのか。人類の手腕が問われる。

〇人の思惑

 前半はドンパチ、後半は頭脳戦に移行する本作。〝人類滅亡〟の危機にも関わらず。人類は一枚岩になり切れないところがリアル。何とか出し抜いて、縮退炉などの未知の技術を独占しようとする某国の情報部、結果を出せない政府の無策を利用して自分たちの存在をアピールして、常に上から目線であり続けたいマスコミの傲慢。神の意志を騙る宗教家。混乱に乗じて犯罪に煽られる庶民……。つくづく人類の最大の敵は人類なのだと思い知らされる良作。ChatDDTに代表されるAI意識の方がはるかに信用できるのは何とも皮肉な文明批評で、決して、安くて雑にパクったCGをごまかすものではないと信じたいところだ。





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