負けたら即ゾンビ！　時間無制限一本勝負　ゾンビエンジェル　ジャスティスビッチ対空飛ぶブッチャー　アブドラ・ナグモ

〇世紀の一戦

　さあ、ついに残すところあと一試合を残すのみとなりました。サマーバーニングファイトinエドコンフィールドスタジアム。メインイベントは、負けたら即ゾンビ！　時間無制限一本勝負。ゾンビエンジェル　ジャスティスビッチ対空飛ぶブッチャー　アブドラ・ナグモの一戦です。実況は私、辻橋次郎。解説はヒデ・山崎さんです。ヒデさんよろしくお願いします。
「お願いします」
　さて、ヒデさん。ついにこの日がやってきました。スタジアムには６万３千人のお客さまが集まってくれています。
「ありがたいことですね。選手たちはその思いに応えなければなりません」
　そのとおりですね。さてまもなく選手入場です。

〇選手入場～アブドラ・ナグモ

『青コーナーより、空飛ぶブッチャー　アブドラ・ナグモ選手の入場です』
　すっかり定番となりました、ピンクフロイドの名曲「吹けよ風、呼べよ嵐」のカバー曲ににのって、アブドラ・ナグモが入場してまいります。思えばここまで来るのに、紆余曲折ありました。ボランティア活動の一環として、ゾンビ退治に出かけたアブドラ・ナグモとその一同。ナグモがゾンビの一匹にジャイアントスイングを仕掛け、他のゾンビを巻き添えにしながら駆逐していると、付き人の若手レスラー佐々木連選手がゾンビに噛まれ、ヤツらの一員になってしまった事件がありました。ゾンビになった人間はもう元には戻りません。泣く泣く、ウエスタン・ラリアートで首をはねて始末しなければなりませんでした。何でもジャイアントスイングで目が回り、すぐに助けに行けなかったとのことであります。彼は誓いました『この世のゾンビを全て退治する』と。それが佐々木の供養になるんだ。そして今日はゾンビの中のゾンビ、ゾンビエンジェルを倒すことによって、その集大成としたいと語っていました。ファンの群れを押し分け、ようやくリングに立ったアブドラ・ナグモ。気合い入っていますね、ヒデさん。
「そうですね」

〇選手入場～ジャスティスビッチ

『赤コーナーより、ゾンビエンジェル　ジャスティスビッチ選手の入場です』
　本物です、本物のゾンビエンジェルが降臨しました。人を千人喰ったゾンビから生まれた天使が、映画『天国を憐れむ歌』の主題歌にあわせて空を飛んでいます。
『お下がりください。危険ですので、お下がりください』
　そうです。お下がりください。彼女は本物のゾンビを引き連れています。お客様、噛まれるとあなたもゾンビになります。お下がりください。おっと、今何人か、おともゾンビに噛まれました。残念です。もう救う術がありません。フォーエバーです。なお、ご来場のさいに、あらかじめサインして入場しています。〝ゾンビに噛まれ、死亡もしくはゾンビになっても自己責任であり、主催者側に一切の責任を求めない〟と。あしからずご了承ください。
　若手レスラーの誘導を無視して、今上空からゾンビエンジェルがリングに舞い降りました。いよいよですね。ヒデさん。
「そうですね」
　ヒデさん、試合の展望をお聞かせください。
「まあ、ナグモは喰われないように気を付けないと。噛まれたら終わりだからな。組技は極力避けることだ。だが、アイツは空中殺法が得意だからな、それに修行したんだろう？　打撃を」
　そうです。この試合に先駆けてシンガポール空手の総師範アマーラ・オテナさんに教えを請いました。なんとひと月で免許皆伝だそうです。
「アイツはスジがいいからな」
　必殺技をマスターしてこの試合に挑むそうです。どんな技なのかはお楽しみだそうです。
「そうかい」

〇試合開始

『これより時間無制限一本勝負を行います。青コーナー　身長１８４センチ、２６７パウンド　空飛ぶブッチャー　アブドラ・ナグモ～』
　ゾンビの天使が食い殺すか、空飛ぶブッチャーが押しつぶすか、世紀の一戦がいよいよはじまります。……どうした、ナグモがリングアナからマイクを奪い取りました。
『おい、エンジェル。今日、俺が勝ったら結婚してくれ』
　何といきなりのプロポーズ宣言、会場は大いに盛り上がりましたが、佐々木の敵討ちはどうした？
「まあ、争うばかりじゃ戦いは終わらない、と言いたいのでしょう」
　なるほど、人とゾンビの戦いに終止符をうち、共存の道を探ろうというところでしょうか？　それに対するエンジェルの答えは……。あー、目からビームを放った！　愛の告白に対して何たる回答。
「さすがビッチだな」

〇５ミニッツパースト（5分経過）

　上空を飛び回りビーム放つエンジェル、ナグモは何とかかわす。しかしこのままでは、らちが明かない。もう５分間もこうした膠着状態が続いています。会場からはブーイング。何とかしなければなりません。どうした良いのでしょうか、ヒデさん？
「レスラーは技を受けてナンボ」
　あの技をですか？　死んじゃいますよ。
「その時はその時だ」
　なるほど、ああっ、ナグモ、ビームを胸で受けた。そしてそのままマットにうずくまる。ダウンです。そしてとどめとばかり、エンジェルリングに降りた。両者がリングで対峙するのはこれが初めてです。近づいてくるエンジェル。ナグモこのまま喰われてゾンビになってしまうのか？　おお。ナグモが立ち上がり、まっすぐに揃えた右手の指先でエンジェルの喉元を突いた！　空手の貫手かいやこれこそが修行の成果、シンガポール空手の奥義、地獄突きだ！　たまらずエンジェル、ダウン。すぐに追い打ちをかけるナグモ、エンジェルにまたがり背中の羽根をもぎ取った！　これでもう空は飛べない。飛べない天使はただの堕天使、悪魔のクズにすぎない！

〇１０ミニッツパースト（１０分経過）

　さあナグモこのまま一気に畳みかけたいところです。そうですね。ヒデさん？
「……」
　ナグモ、エンジェルをロープに振って返ったところに、ウエスタン・ラリアート。これは決まったか？　いや、ああ、ナグモ噛まれました。右腕の……前腕部でしょうか、エンジェルの歯形がくっきりついています。ナグモこのままゾンビになるのか？　ナグモはたまらず場外に避難、少し間をとります。まずいですね。ヒデさん。
「……」
　ナグモがリングに上がりました。腕にタオルを巻いています。どうやら腕を自ら切断したようです。ゾンビになるのはどうやら免れたようだが、これで戦えるのか？　ヒデさん。ヒデさん……。放送中申し訳ございませんが、ヒデさんがゾンビに噛まれました。ゾンビと化した観客に噛まれたようです。そして私もヒデさんに噛まれました。いつまでアナウンサーとして実況ができるか分かりませんが、できるだけ続けたいと思います……。
　今、実況席に無数のゾンビが……。リング上がどうなっているのか見る事ができません。
　さて、ナグモはどうなった？

〇試合速報

　〇アブドラ・ナグモ（１８分３２秒　体固め　※ムーンサルトプレスから。）●ジャスティスビッチ　

Ⓒ「負けたら即ゾンビ！　時間無制限一本勝負　ゾンビエンジェル　ジャスティスビッチ対空飛ぶブッチャー　アブドラ・ナグモ」制作委員会

私は流行、あなたは世間。