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私は流行、あなたは世間。



〇想定外の試合結果

 高崎ミノルの本日のプログラムは終わりつつあった。
 自家用車で家路に向かう高崎は、カーラジオのスイッチを入れると、プロ野球の実況中継が流れてきた。キト富山対北海道ノースベアーズ、三回戦。キト富山の攻撃。
 試合は北海道ノースベアーズの優勢で進んでいる。ミカムラ投手が奮闘し、パーフェクトピッチングのペースで9回裏まで来ている。あと3人……。高崎はミカムラが偉業を達成する事を確信していた。しかしベアーズをひいきにしているわけでも、ミカムラのファンでもなかった。それどころか、野球全体にそれほど興味はなかった。
 高崎はこの試合の結果を知っているのだ。
 この試合は八百長である。ただし、それはある意味において。
『ああ。悪送球。出塁。エラーがらみですが、パーフェクトピッチングが崩れた』とアナウンサー。
そして、ミカムラは打たれた。
 エラーで投球のリズムが崩れてしまったのか、ボールが甘く入り、そこを狙われたのだ。
 試合終了。結局、ノースベアーズは2対1のスコアで敗れてしまった。
ミカムラは完全試合達成の偉業どころか、ただの敗戦投手になってしまった。
 高崎はスマホを取り出した。緊急事態。上司に連絡。今後の方針はどうなるのだろう。
だが、繋がらない。圏外あるいは電源を切っている……、というメッセージが伝えられるだけだ。
高崎はスマホから手を放した。怒りで手が震えている。

〇本来のストーリーとその意図

『昨年新設されたばかりの球団、北海道ノースベアーズは、道民の生活の中に溶け込む事に成功した。
地域密着を掲げた球団経営は、ただの社交辞令の営業文句、パフォーマンスではなかった。球団職員は、道内出身者から積極的に採用し、選手もまた道内出身者や学校の卒業生から指名した。球団の方針は選手たちにも伝わり、彼らは休日を返上してファンサービスを積極的に努めるようになった。
道民は感じた。ノースベアーズは本気なのだ。本気でこの北の大地に根を下ろそうとしている』
 一般市民を動かすわかり易いシンボルとストーリー運営のため、わざわざ一から全てを作りだしたのだ。パーフェクトピッチングはこれを補完するもの。
 これが本来のストーリーだ。このことは何か月も前から検討に検討を重ねてきたはず。シナリオを変えた理由はぜひとも知っておきたい。だが、上司であり、現場責任者でもある奥田課長の説明は要領を得ない。「上に言われた。上に言われた」と繰り返すばかり。高崎はイラつく。我々アンドロイドには崇高な使命があるというのに。

〇人類が滅んだ未来社会

 人類は滅びてしまった。理由は不明。しかし人類は我々アンドロイドを残した。残されたアンドロイドたちはかつての人間社会を再現することで、人の文明・叡智を保存していた。それを再現することがメモリに組みこまれたプログラムなのだ。高崎もまたそんなアンドロイドの一体である。アンドロイドたちはかつての〝人間社会〟を再現するために、人間と同じように行動、会社勤めなどの日常生活を送っている。アンドロイドには二種類ある。〝クリエーター〟と〝アクター〟。〝クリエーター〟が創作したストーリープログラムを〝アクター〟アンドロイドが演じて人間社会を再現する。高崎は〝ゲーム会社〟に勤めるクリエータータイプのアンドロイド。アクターを動かすためのプログラム、ストーリーの制作に携わっている。 

〇シナリオを変えたヤツは誰だ?

  高崎たちの詰めによって、奥田は動作不良を起こし、白煙を吹いて壊れてしまった。ストレスに耐えられなくなったのだ
「奥田はストレス耐性のテストのためにつくられたからな。無能なのはそのせいだ」
 部長の友田だ。彼女はゲームメーカー『バスターフレンドリー』事業部Aの部長。奥田の言う 〝上〟である。
「ストーリーの変更にはある理由がある」と友田が言った。我々、アンドロイドには抗えないプログラムのため。興味深いオーダーが本社、私よりさらに上から降りてきた。
「そのオーダーとは」
「『人間の意思を尊重せよ』。事前に例の野球チームのストーリーに関して意見を求めたところ『都合が良すぎる。現実はもっと厳しい。そして意外性がない。私ならこうする』と別案を提示した。人間の、〝本物〟の意見には逆らえない。だから急遽、ストーリーを変えた。強制的に。我々は人に奉仕するよう創られているからな」
 人間がこの世界に蘇ったのだ。と友田が言った。

〇人類帰還計画

 iPS細胞を利用したクローン。詳しい理論はわからない。専門外だし、それを知る事が私の義務とは思えない、と友田が言う。だが、それは人間そのものだ。友田はタブレットを見せる。
「部長の同型機種ですか」タブレットの写真は友田に似ていた。
「すこし違う。私は彼女を元にデザインされた。彼女の名は波多野ひかり。そしてここからが重要だ」
 彼女は自身を人間と認識していない。クリエータータイプのアンドロドだと認識している。まだこの世の真実を話していないのだ。クローンの成功作は彼女だけで、それだけに大切に扱いたい。この世界で唯一の〝本物〟だからだ。『あなたは人間です。世界を返還します。創造主ですから、我々を導いて下さい』とは言えない。〝生きるため〟のプレッシャーで〝壊れて〟しまうのは避けねばならない。だから、慎重に急ぎすぎず、事をすすめたい。
「おめでとう。君は昇進する。奥田の後釜は君だ。そして——」
 人間、波多野ひかりがわが社に転職の形で入社する。君の部下として配属され、君は彼女を監視し保護すること。そして、彼女の意思を尊重し、成長を促すこと。来るべき日に備えて。

〇崇拝と畏怖

 波多野は優秀だった。仕事の飲み込みは早く、応用もきく。部署の中心になるのに時間はそうかからなかった。ストーリーのできもよく、人間が持っていたとされる思いやりの心や未来へ向かうポジティブな可能性を表現したストーリーを——堕落した元一流スポーツ選手が素朴で純真な地方都市の住民たちに癒され、彼らのために奮起する話など——紡ぎあげた。そしていよいよ、彼女が責任者となって大きなストーリー展開をすることになる。
 全国規模のチャリティーイベント『あなたがここにいてほしい』、環境保全や障がい者支援を訴えるチャリティーイベントのタイトルだ。通称あなここ。足掛け二十年と歴史も深く、イベント主催の支援も多岐に渡るため、知名度は全国区に上る。イベント名を聞いて、首を傾げる者はまずいないだろう。という設定だ。そして人はこのようなストーリーが好きだ。
だが、高崎は一抹の不安を抱えていた。やはりあの野球の試合が気になる。ハッピーエンドからバッドエンドへ。もしかして。彼女は、人間はこのような結末を好んでいるのではないか。本当は。

〇彼女の本質

 高崎は不安を払拭させるために、彼女を育てたアンドロイド(親)のメモリを調べてみた。
 すると。彼女は幼少期からクラスメートをいじめ、そして猫や小動物(ハムスターなど)を虐殺していた過去が発覚する。そして何よりも他者を驚かすことが大好きなのだそうだ。
 大丈夫なのか? 胸騒ぎがする。チャリティーイベントは無事に終わるのだろうか?

〇真実に傷つく者は……

 波多野には秘密があり、それは友田にもある。そしてなにより、高崎も重要な秘密を抱えている。本人が知らずとも……。世界の真実を全て理解できるものは誰もいない。神ですら消耗品の一つに過ぎないのだ。果たして社会を運営する上で、本当に人間は必要なのか?

2055年 日本 配給:ユービックファクトリー


〇配給元からのお知らせ

 映画原作収録↓


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