【短編】 ウサギと鈴と就職面接
人間の大きさをしたウサギだ。
そいつが、人間の服を着て受付の席に座っている。
「あのう、面接に来た鈴木ですが人事担当の鈴原さんは……」
私がそう尋ねると、ウサギの受付は無言で頭を掻いたあとふわふわした手で受話器を握りながら電話で確認を取る。
「えーと、鈴原は今いないから代わりに鈴音が来るってさ」
私の名前も鈴木だし、この会社の人も鈴のつく名前ばかり。
それに受付もウサギだから、頭が混乱して今すぐ帰りたい気分になっていた。
「あなたが鈴木さんね」
数分後に現れた鈴音という担当者は、普通の人間にウサギ耳が生えている女性だった。
「ああ、この耳が気になるのね。でもすぐに慣れるから」
私は彼女の後についてエレベーターに乗ったり廊下を歩いたりしたあと、突然、青空の見える場所にたどり着いた。
「あなたはもう書類選考で採用されたから、この世界を楽しむことが最初の仕事よ」
そこには沢山のテーブルがあり、ウサギ人間や、中世の貴族や、怪物のような生き物が賑やかに祝宴を楽しんでいる。
「これはあなたのための宴なのだからステージで一言挨拶をしなさい。ほら、皆あなたに注目しているわよ」
私はステージに上がると深呼吸し、採用には感謝するがここで働く気は一切ありませんと言い捨ててステージを降りた。
「あらあら、この場所まで来たらもう誰も逃げられないのよ。アタシの仕事は人を騙すことで、それでお給料を貰っているの。あなたには想像もできない世界でしょうけど」
出口と書いてあるドアを見つけて開くと、今度は星の輝く夜空が広がっていてキャンプファイアーの明かりが見えた。
「こんばんは鈴木さん。わたしが本当の人事担当の鈴原で、さっきの鈴音はとても悪い女です」
いま目の前にいる鈴原にはウサギ耳はないが、さっきの鈴音と同じ顔だ。
「わたしは鈴音のように強引なことはしないし、帰りたければ今すぐに帰ってもいいのよ。あなたはどうしても欲しい人材だから、無礼を働く者もいて本当に申しわけないわ。でも、あなたを歓迎するためのバーベキューパーティーを……」
結局、私はすべてを無視してそのまま帰ったのだが、気になって一週間後にその場所を訪れると会社のビルはどこにもない。
近くの街路樹には、私の名前と“不採用”と大きく書かれた紙が貼ってある。
「あんたのせいで、あたしもクビよ」
肩を叩かれて振り返るとウサギの受付がいた。
「ねえ、ラーメン奢ってよ」
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