【短編】 ある姉弟の物語
「あたなには、ご兄弟がいますか?」
近所の公園のイベント会場で、パンフレットを抱えた女性が、いきなり私にそう話し掛けてきた。
「はあ、姉はいますが、ずっと疎遠で……」
「じゃあ、他の兄弟姉妹が欲しいと思ったことはありませんか?」
何だか女性の質問が鬱陶しくなったので、私は素っ気ない態度でその場を離れた。
屋台の美味しそうなクレープを買って、公園をしばらく歩いていたら、またさっきの女性が。
「言い忘れていましたが、このイベントは兄弟姉妹の譲渡会なのです。捨てられた兄弟姉妹を、何とか引き取ってくれる人を見つけるための」
そういえば会場には〈兄譲渡スペース〉や〈妹譲渡スペース〉という看板の、変なブースがあったなあと。
「もし兄弟姉妹が欲しいなら、気になるブースへぜひ行ってみて下さい」
女性が強引に渡したパンフレットには、イベントの趣旨や各ブースの案内が書いてあった。
私は別に兄弟姉妹なんて欲しくないけど、少し気になったので、目の前にあった〈姉譲渡スペース〉に行ってみた。
「ようこそ。あなたはお姉さんが欲しいのですね。今回は八人のお姉さんが譲渡を望んでいますよ」
ブースには、パイプ椅子に八人の女性が座っているだけで、皆一様に暗い顔をしている。
しかしよく見ると、一番左の椅子に座っている女性は、私の本当の姉のように見えた。
「ああ、キヨハルか。久しぶりね」
やっぱり、本当の姉だった。
「また、誰かのお姉さんになれたらと思ってね。はは……」
私はブースの責任者にかくかくしかじかと説明し、姉をその場から連れ出した。
でも、お互いに何だが気まずくて、話すことも何もなかったので、とりあえず出店のたこ焼きを買って二人で食べた。
「そういえば子どもの頃、何もない田舎にやってきた移動販売のたこ焼きを買って、家族で食べたよね」
私の家族は、海と山しかない田舎に住んでいた。
「あたしは、そのとき食べたたこ焼きが一番おいしかったな。キヨハルはたこ焼きが熱すぎて吹き出していたっけ。はは……」
私と姉は、お互いの電話番号を教え合って別れたが、その後、連絡を取り合うことはなかった。
私は、何となく今の仕事を辞めて、たこ焼きの移動販売を始めた。
最初は世界中を旅しながら移動販売をしていたが、今は地球を離れて、火星でたこ焼きを売っている。
「あれ、キヨハルが何で火星に」
また姉と再会して、また火星で、たこ焼きを一緒に食べた。
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