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【短編】 変な棒

 一週間ぶりに外出すると、街の人たちがみんな手に変な棒を持っていた。
 私は山の中に住んでいて、週に一回車で買い出しに行くのだけど、一週間前はとく変った様子はなかったはずだ。
「あなたは、そちら側の人間なの?」
 スーパーの中で声に振り向くと、中年の女性が私を睨んでいた。
「棒を持っていないということは、攻撃されても仕方ないということなのよ」
 意味が全く分かりませんし、私はただ買い物に来ただけで……。
「あなたには敵意がなさそうだから、あたしが予備に持っていた棒をあげます。これであなたの安全も守られるでしょう」
 
 私は、よく分からないまま女性に礼を言って無事に買い物を終えたあと、山の中の家へ帰った。
 そして早速、ネットで変な棒について調べると、棒を持っていない人に対する、変な棒による殴打事件が多発している記事をたくさん見つけた。
「変な棒による攻撃を避けるためには、その棒を常に持ち歩くしかありません。変な棒は街のいろんな場所で無料で配られているため、ネットなどで近所の配布場所を確認しておきましょう」
 私はテレビを持っていないし、ネットもあまり見ないので、世の中の変化に疎いことは自覚しているが、一週間でここまで世の中が変るなんて……。
「あなたがそちら側の人間だとわれわれが判断した場合は、容赦なく攻撃します」
 変な棒に関連するネット動画を観ると、今日スーパーで会った中年の女性が出ていた。
「このことは政府も認めており、法律上何ら問題のない行為です。国民の皆様は、われわれが指定した棒さえ持っていれば安全が保証されます」
 スーパーで会った中年女性はある私設組織の報道担当のトップで、事情を全く知らない私を憐れに思って、棒をくれたらしい。
 しかし、ネットでいくら調べても、中年女性の言う「そちら側の人間」が何かや、なぜ攻撃されるのかは全く分からない。
 でも、変な棒さえ持っていればとりあえず安心なので、街を歩くときはみんな変な棒を持つようになった。
 
 しばらくすると、変な棒を持たない人に対する殴打事件も減少し、平和になってきたという報道が出てきた。
「変な棒は、デザインやカラーバリエーションも豊富で、その人に合った一本を選べます。また最近は、手に持つタイプだけでなく、腰や背中に常時装着できるタイプも人気です」
 確かに、最近街へ買い出しに行くと棒を腰にぶら下げている人が多く、まるで江戸時代みたいだなと。

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