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【短編】 タイムマシンみたいな装置と、カツ丼の誘惑

 五秒だけ前の過去や、五秒だけ先の未来へ意識を移動できるという、タイムマシンみたいな装置だ。
 見た目は、二十センチほどの長方形の箱に、過去と未来のボタンが二つ付いているだけ。
「動作確認をするときは、秒刻みで表示される時計を用意して下さい」
 商品の説明を読んで、私は秒刻みの時計を目の前に置いた。
「次に、過去と未来のボタンをそれぞれ押して、時計に表示される秒数が、瞬間的に五秒戻ったり進んだりするのを確認して下さい。もしかしたら、装置の不具合により、五秒以上の過去や未来へ移動することもあるかもしれませんが……」
 実際にやってみると、過去ボタンを押したら、確かに、五秒だけ秒針が移動したのを確認できた。
 しかし、未来ボタンを押した瞬間、私はいきなり近所の定食屋の席に座っていて、目の前に、卵とろとろの湯気の立つカツ丼が置いてあった。
 私はカツ丼の誘惑に勝てなくて、とりあえずそれを食べ終わったあと、店の女将さんに、今は西暦何年の何月何日ですかと質問した。
「そんなの、カレンダーを見れば分かるだろ。今日は二〇二三年の二月十日だよ」
 私がいたのは二〇二二年の二月十日だったはずだが、携帯電話の日付も、確かに、一年後の二〇二三年になっている。
「あんた、なんか顔色が悪いけど大丈夫かい?」

 定食屋から自分の部屋に戻ると、私はまずタイムマシン装置の会社に電話をしてみた。
「販売履歴を確認したところ、確かにあなたは、ちょうど一年ほど前にこの商品を購入していますね」
 電話対応をしている女性は、冷静な口調でそう言った。
「おそらく機器の動作不良が原因だと思われるため、返品してもらえれば代金はお返しします」
 いや、そういう話じゃなくて、私は五秒じゃなくて、一年も未来に飛ばされたわけだから。
「この商品は、動作不良を含む時間移動によるトラブルが発生しても、すべて自己責任になることを、事前に了承してもらった上で販売しております」
 でも、いきなり一年後に意識が飛ばされるなんて、あんまりじゃないの?
「弊社では、思わぬ時間移動によって社会生活に支障をきたした人に対する、社会復帰プログラムの事業も実施しており、弊社の商品を使用したことで問題が起こった場合は、無料で本プログラムを受けることも可能です」

 私は頭が混乱してしまい、また定食屋に戻ってカツ丼を注文した。
「あんた、今は普通じゃないみたいだから、まずはお茶でも飲みな」

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