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【短編】 タオルと電話番号とラクダ

 そのタオルには、電話番号だけが印刷されていた。
 会社の名前が入った景品用のタオルはよくあるが、電話番号だけのタオルなんて意味が分からない。
 たぶん誰かから貰ったタオルだと思うけど、私にはまったく覚えがなかった……。
 
 それから十年後、私は勤めていた会社を辞めて、砂漠を旅することにした。
「お前が好きで旅に出るのは仕方ないが、もういい歳なのだから」
 田舎の両親のそう言われると、少し心が痛くなるのだけど、憧れていた砂漠を旅する誘惑にはどうしても勝てなかった。

 私がやりたい砂漠の旅は、ただの観光ではなく野宿をしながら砂漠を歩き続けること。
 現地に行って私がまずやったのは、砂漠で荷物を運んでくれるラクダを手に入れることだった。
 ラクダの値段は五万円ぐらいで、二百キロの荷物を運んでくれる。
 私はラクダに、クラゲという名前を付けて荷物を載せ、砂漠の旅を始めることにした。
 汗を拭くために首にかけたタオルには、なぜか電話番号が印刷されていて、そういえば昔、そんな変なタオルを見つけたことがあったなということを思い出した。

 私の計算では、十日ぐらいは砂漠を旅できることになっていた。
 しかし、ラクダのクラゲが予想以上に水を飲んだので、五日目で水がほとんどなくなった。
 ラクダは十日以上水を飲まなくても大丈夫だと言われているが、人間である私は三日も水を飲まなかったら多分死ぬ。
 一番近くにある街まで五日はかかるから、ここでゲームオーバーだ。
 すべてを諦めて、砂の上に大の字で横たわったら右手に何かがぶつかり、掴んでみるとそれは携帯電話だった。
 バッテリーはまだ残っていたので、登録されていた番号にいくつか掛けてみたが、砂漠の真ん中じゃ全然繋がらない。
「何で、タオルの電話番号に掛けないの?」
 突然掛ってきた電話に出てみると、女の声はそう言った。
「これはあなたのための電話番号なのに」
 女の言っていることはよく分からなかったが、この状況では彼女にすべてを委ねるしかない。
「ほら、目の前にコンビニがあるでしょ」
 そんな馬鹿なと思ったが、確かに、いつも見慣れた近所のコンビニがあった。
「あなたは、本当は、砂漠の旅なんてしてない。コンビニで食べ物を買ったら、早く家に帰りなさい」
 ラクダのクラゲは、ぶるると口を鳴らすとワゴン車に姿を変え、私を乗せて、どこかへ走り始めた。
 やっと、本当の旅がはじまりそうな予感がした。

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