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きっともう、夏は近い。

背に受ける陽射しに背中がぽかぽかと温まりはじめるころ、わたしは決まって日傘をひっぱり出すことにしている。
褪せた桃色の布に、小さなレースがあしらわれた安物の日傘。
特に気に入っているわけでもないが、何年か前にふらりと入った雑貨店で手に取ってから、幾度かの夏を共に過ごしている。

雨傘よりも軽い〝バッ〟という小気味よい音を立てて、日傘をひらく。それから手元を両手で握って、ゆるゆると歩む。なぜだかこころが弱くなってしまったような気がして、そろりそろりと慎重に踏み出す。
傘で視界が遮られるせいか、つい足元ばかりを見てしまう。顎をひいて、伏せた目で地面をなぞる。あ、きれい。マスカラで伸ばしたまつ毛に受けた光が、目の前で瞬いている。
まだ4月だというのに、サンダルを履いている人がずいぶんと多いことに驚く。きっともう、夏が近い。

夏になったら、会いに行く。
口の中で小さく名前を呼ぶ。誰にも聞こえないように。遮りきらない陽射しが肌を焦がす。じりじりと、焦れる。
会ったら、なにから話そうか。
日傘の手元をぎゅっと握る。ふっと浮いてしまいそうな頼りない重さを、手放さずにいられるように。
きっともう、夏は近い。強い陽射しに目がくらむ。遮るようにして日傘を少し傾けた。

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