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子どもたちに残すなら 記憶の真実

悩みを抱える若者が、
絶対に知っておくべき記憶の真実がある。

『昔の記憶』

大学の卒業式があと半年に迫っていた。

交差点で信号待ちをしていると、
後ろから、ポンと肩を叩かれた。
久しぶり!!

振り返ると、おじさんが立っていた。
おじさんと言っても、知らないおじさんじゃない。
父の兄だ。

実家にいるころ、
おじさんは家に来る時はいつも、
小さなお菓子をもってきてくれた。
優しくて、よく話を聞いてくれて、
夏はキャンプに連れて行ってくれた。
日曜は家でダラダラとビールを飲んで
テレビを見る父親とは全く違うタイプの人間だった。

わ、びっくりした。
こんなところで会うなんて!

地元から東京に出てきて、もう4年になる。

高校に入ってすぐ、
僕の全てを否定してくる父親への不満が溜まって、
毎日のように言い争いをしていた。
僕は、大学入学と同時に家を出て、
ほとんど家に寄り付かなくなった。
そんな状態だったから、
おじさんともほとんど会わなくなっていた。

なんだ、東京に来てたのか。
おじさんが嬉しそうに、聞いてきた。
飯奢ってやるから、空いてる日を教えてよ。

僕たちは、連絡先を交換した。
飲みに行こうと誘ったけど、
おじさんは、仕事が夜に溜まっている、と、
後日、朝ご飯を食べに行く約束をした。

当日、朝6時に起きて、眠かったけど、
ちょっとワクワクしながら、
おじさんとの街合わせ場所に向かう。

おじさんは小さい頃と全く変わらない様子で、
小さなお菓子をくれた。
少し恥ずかしかったが、
おじさんの優しさをありがとうと受け取ると、
おじさんはニヤッと笑った。

秋晴れのとても天気のいい日だったから、
テラスで食事をしながら、いろんな話をした。

おじさんは、二杯目のコーヒーを飲みながら、
そういえばお前に会ったあと、
お前の家に遊びに行ったんだよ。
お前、しばらく帰ってないんだってな。
あいつも嫁さんも、随分心配してたから、
元気そうだったよって言っといてやったよ。

父親の話が出て、僕はギクリとしたが、
そうなんだ、忙しくて、帰ってないんだよね。
ありがと。とちょっと笑って返した。

おじさんは、ははっと笑って、
便りのないのは良い便りなんて言うしな。
と言ってくれた。

お前、小さい頃は、すごく可愛かったんだよな。
立派になっちゃったな。と言いながら、
おじさんはブブブと鳴った携帯に目を落とした。

プレートに残ったサラダを見ながら、
あぁ、おじさん、これから仕事があるんだろうなと、僕は思う。

おじさんは、真剣な顔をして、
すまん、ちょっと待ってくれ
と、ちらっと僕を見て、また携帯を眺める。

僕も、特に通知がきたわけじゃないが、
自分の携帯を見てみる。
こんなに長く誰かと話したのは久しぶりだな、
と少し名残惜しくなる。

ふと顔を上げると、
目の前におじさんの携帯の画面があった。
これ。誰だと思う?

はいはいをしている赤ちゃんだった。
その後ろで、
はいはいをしてついていく男の人がうつっていて、
赤ちゃんが一歩進むたび
愛おしそうに歓声をあげていた。

え、おじさんの子供?

違うよ、お前だよ。

よくみると、後ろの男の人は、父親だった。
満面の笑みを浮かべていて、
小さい僕がよろけるたびに、
父親は、さっと手を出し、
ほっとした表情でカメラを見る。

こんなのもあるぜ。

僕が幼稚園の時だった。
おじさんも一緒に皆で海に行った夏だ。
桟橋を走っている僕が、
重心を崩して海に落ちそうになった。
母さんの「危ない!」という声より早く
父親が走り寄ると、僕を引き戻し、抱きしめた。
すんでのところで、海に落ちずに済んだ僕は、
でも驚いて泣き出した。
写真を撮影しているおじさんが走り寄ると、
父さんと母さんの目に涙が浮かんでいて、
怖かった。良かった。良かった。と呟いている声が聞こえた。

お前を見てると、
子供って危なっかしいなって思ってたし、
尊いもんだなって思ってたよ。

優しい目をしたおじさんは、何も言わずにもう一つの動画を見せた。

「久しぶりだな。元気か?
なかなか帰ってこないから、父さん心配してるよ。
いい父さんじゃなかったからなぁ。すまんな。
お前の学業とか就職とか、
父さんも母さんも相談に乗れてないけど、
お前は、いつでも自分で道を決めてきたもんな。
頑張れよ。」

ちょっと白髪が増えた父さんは、
「お前と一度飲みに行ってみたいなぁ」
少し俯いて言う姿は、ちょっと震えていて、
高校の時に言い争いをした父ではなかった。

おじさんは、
お前は、宝物のように大切に育てられてきた子だよ。
あいつ、
お前が20歳になったら一緒に飲むんだって、
哺乳瓶でミルクあげてるときからずっと言ってたよ。
ありゃ、ドラマの見過ぎだな。

それと、お前に渡したそのお菓子は、
ちょっと待ってろって
あいつが慌てて買いに行ったやつだよ。
待ってる間に、お前の母さんに、
お前の小さいころの動画をいっぱいみせてもらったよ。

お前が小さい頃、俺からお菓子がもらえるのを
嬉しそうにしていたんだってさ。

俺はすっかりそんなの忘れてたよ。
お前はあいつらにとって、宝物なんだなぁ。



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