対面と試弾と空気感(ピアノじまい⑩)
私は実家の隣県に住んでいる。
実家に残したままの自分の荷物、父母の遺品、家族の写真などを引き取りに、今月中に一度実家を訪れなければいけなかった。
夫の予定とも合わせて決めたその日が、ピアノ引き取り希望の方が見に来られる日と重なり、そして母の命日とも重なり、なんとなく特別なものを感じていた。
荷物を積み込むため車で行く予定を立てていたのだが、当日、急遽夫が仕事で都合が悪くなったため、私は先に新幹線で、夫は後から車で来てもらうことにした。
すっかり古めかしい匂いになってしまった実家。
懐かしい写真にできるだけ気を取られないように整理を進めていると、
車のドアの開閉音、ほどなくして「こんにちはー」と声が聞こえた。
出てみると、男性ひとり女性ひとり、そして小学校高学年くらいと思しき女の子の姿があった。
ピアノ引き取り希望のご家族に違いなかった。
早速案内して見てもらった。
聞いてみると、この小学校高学年と思しき娘さんが、先に見に来てくださった音楽教室の方の生徒さんだった。
「良かったら弾いてみてね」
と、言ってみたけれど、恥ずかしがっていた娘さん。お父さんとお母さんに促されて漸く鍵盤を触ったものの、やはり見ず知らずの人間がいると恥ずかしさは拭えないようで、遠慮がちにポロンと弾いただけだった。
一応音が全部出ることを確認してもらい、中のフェルトの状態も見てもらった。
お父さんは、置き場所の関係で大きさを見たかったとのことで、特に奥行き幅を確認されていた。
雑談などしながら、このご家族から漂う優しく柔らかな空気を感じていた。
正味20分くらいだっただろうか。
引き取られるか否かは音楽教室の先生にお返事していただくということで、ご家族は帰られた。
実際のところ、どうだったのだろう。こんな優しそうなご家族のもとにもらってもらえたらこちらとしては申し分ないのだけどと思いつつも、期待せずにお返事を待つことにした。
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