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ー幕間ー

入り口でカランコロンと古びた鐘が鳴り来客を告げる
入ってきた男はずぶ濡れで、茶色の外套は雨に濡れてグレーに見える
客はみな彼を一瞥してまた自分の酒を飲み始める
薄暗い室内に、ざわざわと人の気配が満ちている
男はまっすぐにカウンターに向かい、濡れた外套もそのままにどっかりと中程の椅子に座る
「ギムレット」
男が告げるとバーテンは静かに振り返り、ジンの瓶を取ると流れるようにメジャーカップを操る
ざわめきの中にシェイカーを振る音が響く
完成したカクテルには、ライムが綺麗に添えられている
差し出されたカクテルを男はしばらく感慨深げに眺め回したあと、静かに唇を落とす
喉を焼くように熱い一口を飲み下す
男の髪から滴がこぼれて、カウンターを濡らす
すっかりへたれた前髪が表情を隠し、その口元だけが儚げに見えそこにいるのもおぼろげに思える
膨れ上がる人の気配の中で、男の存在だけはどこか異質で、そこだけぽっかりと穴が空いてしまったように切ない
それでも周りは誰もそれを気に留めることもなく、そう、男の存在などないように振る舞う
カランコロン
また鐘が鳴り、一瞬室内のざわめきが止まる
若い男が入り口に立ち、店内を見回す
人の気配がまた動き出し、ざわめきが室内を満たす
若い男は目線を止めると、まっすぐにカウンターに座る男の元に進む
ずぶ濡れの男の横に肘を突くと、不遜な態度で彼の顔をのぞき見る
「探しましたよ」
「探される覚えはない」
「あなたになくてもこっちにはあるんですよ。いつまでそんなしみったれた顔してるんですか。」
若い男はあからさまに大きなため息を吐くと男の隣に腰掛け、「同じものを」とバーテンに声を掛ける
「ガキが、調子に乗るなよ」
男が呆れたように言うと、若者はふんと鼻を鳴らす
すっと差し出されたカクテル
「これだけ付き合います」
ふんと今度は男が鼻を鳴らす
二人はほぼ同時にグラスを煽り、静かにカウンターに空いたグラスを下ろす
「かっこつけてないで、行きますよ」
若者は二人分の金をカウンターに置くと立ち上がる
男は前髪で隠れた顔で若者を見上げる
隠れた表情に不機嫌さが見えた
二人はしばし目線を交わした後、男が諦めたように視線を外す
やれやれと首を振ると、揺れた髪から滴がしたたる
男も立ち上がると、若者は「ごちそうさま」と告げて入り口へ向かう
二人は連れ立て、薄暗い店を後にする
扉を開けると、雨の音が一瞬店内に侵入する
すぐに扉は閉まり、何事もなかったかのように人々のざわめきが室内に満ちる

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