みきと裸

ドンカ・アルシェ1~COVID-19~

2020年2月

家の庭で息子がなにやら作業をしながら歌を歌っている。
大人が刈り取った枯れ草を見よう見まねで集めているようだ。あまり上手くは集められていないが、彼は満足そう。
2月なのになぜ裸なのかはわからない。

うちの庭は夏の間に物凄い勢いで育った草達が、枯れた今もいまだに存在感を示しているので、何とか整理して畑にしようと取り掛かり始めたところ。

先日のことだけれど、この子は僕に対してゆっくり丁寧に、でもしっかりとした声でこう言ったんだ。
「いろいろ考えないで、楽しめばいいんだよ!」とね。

彼は5歳でミキトというのだけど、日頃から何かと浮かない表情をしている父親に対してよく質問するんだ。
「何で悲しそうなの?」「怒ってるの?」
彼にとっては不思議で仕方がないんだよ。毎日を元気でいられない理由がわからないんだろう。
「お父さんもよくわからないんだ。気がつくとそんな顔になってる。もっと元気でいたいって本当に思っているんだけどね。」

画像1


現在僕はとあるアルプスの麓の街で、奥さんと子供二人と犬一匹と共に暮らしている。仕事は近くの国営の公園で地域職員として巡視の作業をしているんだ。実は1年前にこの場所に移住して来たばかりでね、それまでは群馬や島根や北海道などの山奥を転々として、季節労働したり、自然農をしたり、小さな飲食店を営んだりと割と自由な働きかたをしていたんだ。

そんなわけで、今の仕事は久しぶりの完全な組織でのお勤め。
会社組織にはやっぱり特有の謎の常識や、不自然で沈んだ人間関係といったそれこそウィルス性の感染病的な雰囲気があってね、ああそうだ、こんな感じっだったよねメインストリームという所はと思い出してさ、この10年くらいの間いかに自分がそこからズレて生きていたかを認識させてもらうことができたんだけど、正直初めはその窮屈さに息が吸えなくなって死ぬかどうかするんじゃないかと思ったぐらいだったよ。

でもねその浅い呼吸にも慣れてしまえば、仕事の内容はさほど大変なものではないんだ。
近い現場の人たちは、みんなよくしてくれているし。
皆よくある程度に仕事の愚痴をこぼして、他の職員の陰口を叩いて、私生活の疲れをにじませる。そこへの愛想笑いや相鎚をうつことにもそんなに疲れなくなったし、若い上司の冷ややかな態度や陰鬱な発言に対しても、あまり気が滅入らなくなって、さらに毎日の朝礼の労働規範の読み上げや、声をそろえて元気よくの挨拶練習にしたって、全ての疑問を打ち消して無心に唱え続けることができるようになっているんだよ、真っ当な大人として立派にね。

公園 (1)

何よりこの自然に囲まれた環境で仕事ができるということには本当に助けられていて、ありがたいと思っているんだ。ほんとにね。
四季を通して毎日色んな姿を見せてくれるんだよ。

公園紅葉

黄花コスモス

公園 (2)

展望ブランコ

”奴さん”と発酵とソマチッド

ところで、僕にはある一人の友人がいてね、何かと話をすることがあるんだけど、この間少し感情的にこんなことを言っていたんだ。

「世の中は、今日も厄介なウィルスの話であふれている。うんざりだね。
まず”奴さん(やっこさん)”は何を思ってこんな面倒な微生物を撒いたのか詳しいことなんて知らないがね、いいかい、要は寂しいだけさ。たぶん本当だぜ。

だからできることなら、みんな”奴さん”をお茶にでも呼んであげたらいいんだよ。草野球とか渓流釣りとか栗拾いとか何でもいいさ。そして話を聞いたらいいんだ。きっとそれだけで少しづつ穏やかな世界になるんじゃないかなあ。

そうだ、味噌作りワークショップにでも呼んであげよう!あなたの常在菌と僕たちの常在菌をこの味噌ダルに一緒に仕込んで、発酵させようじゃありませんか!ってね。それでもし、見事に融合して美味しい味噌が出来上がったら、どうだい、もう恐れを作り出す役目はおしまいにしてみないかいってね。わかるかい?僕の言いたいこと。」

ちなみに僕のうちでも毎年家族で味噌を仕込んでいてね、これが美味いんだ。みんなにも食べさせたいぐらいだと思っていたから、確かにいいアイディアだと思ったよ。もうすぐ去年の冬に仕込んだ物がいい頃なんだ。

味噌づくり6


「とにかくみんなさ、まずは穏やかでないダンスをやめた方がいいとおもう。それを続ける限り”奴さん”今回も上手くいったってほくそ笑んでいるよ」

「それにしても連日多くの人が政府の対応を非難をしているだろ。気持ちはわからなくもないけれど、怒るのはもったいない。それが一番免疫力を下げちまう。
だいたいさ、どれだけあのおじいさんたちに期待して生きているんだい?ただのよくいるおじいさん達なんだから。おじいさんなんてのはどこでもだいたい気が回らない人達なのは知ってるだろ?そして見事なまでに人の話なんて聞きゃしないだ。そういうものなんだよ。大丈夫、続きゃしない。
それにどんな対応だろうが結局は自分たちで本当の免疫力をつけるしかないんだ。本当のやつをね。そしてマイナスイオンを浴びに山へ行ってもいい。そこで生きのいいソマチッドを取り入れるのも忘れずに。あとはいい機会だからこもって自分の生きかたを見直してみたらいいんだ。」

みきととゆう

古い習慣と玄米焼き大福

「でも本当に気が滅入るのはね、休校になったら子供がいて働けないとか言う声のことなんだ。
ほんとにまたかと思ったよ。こんな時にもそんなことを言うのかとね。
どれだけ仕事建ての人生なんだよ!どうしてそこまで家族といられないんだって!どこまで本末転倒しまくってるんだってね!
あなたの仕事はそんなに人とと地球になきゃならないものなのかい?
収入が減る?家賃が払えない?経済がクラッシュする!?
おいおい本気で言ってんのかい!?それが何だって言うんだよ!!
それでクラッシュする経済ならさっさとクラッシュしておくれってもんだ。そうしたら人にとって本当に必要な仕事が何なのかが判るし、その仕事をみんなで支え合って続けていく方法を探せばいいだけじゃないか。
いいかい、生物としての本来の豊かな支え合いを取り戻すんだよ!僕は本気で言ってんだぜ!

それで今の収入が減ったり、生活が不便になったりしたとしてだよ、それ本当にダメなのかい?それ本当に不幸せかい?
本当に必要な仕事を大切にして、それを中心に回る経済に立て替えていかなきゃ、どの道派手にクラッシュするに決まってるだろ。アトランティスのようにね!!


何たら主義って話をしてんじゃないんだ。そんなのどうでもいいけどね、今のシステム、と言うかだね、みんなの心持ちは無理があるのは間違いないよ。
いいかい、僕はただね、くだらないエゴのために不自然で不健康な現実を僕の目の前に土足で撒き散らすのはもう勘弁してくれって言いたいだけなんだよ。
そのせいで、いかれた大人と、子供の不幸のニュースが油断したラジオから流れてくる。しかも毎日のようにだぜ。まったく落ち着いて大好きなコーヒーと玄米焼き大福を食べることだって出来やしないんだよ。

焼き大福


なあ、ほんとに思うんだけどね、いいかげん僕らは古い習慣に囚われるのを終わりにするべきじゃないかな。
それは”奴さん”のせいじゃないんだよ。”奴さん”のせいにしておくのは簡単だけどね。ましてや例の政治屋のおじいさん達に言ってんじゃないんだ。僕ら一人ひとりの眠ってる意識しだいなんだよ。

今回こそ本気でそれについて考える機会なんじゃないかな。こういう騒ぎは初めてってわけじゃないんだし。
それにね、この後もっと大きな嵐がくるかもしれないんだから。

ところで、いつもの大福ある?」

あづみの景色

うちでは奥さんがよくあんこを炊いて、即席で大福を作ってくれるんだよ。彼はそれが大好きでね。それをいつもミキトと奪い合って食べてるんだ。大福を目当てにうちにやって来ている可能性もあるくらいさ。

しかし、今回はいつになく真剣な顔をして話していたよ。
まったく彼はいいやつなんだ。

でもね、この話を聞いて僕が彼に言えたのは「わからない」だけだったんだ。
本当に最近の僕は何もわからなくなってしまったんだよ。

あたたかなニュートラル状態


いつだったかな、うちの犬のムーを散歩している時にミキトに聞いてみたんだ。
ちなみにミキトは保育園に行くのやめたもんで、だいたい毎日ゆっくり一緒にムーの散歩に行くんだよ。

「どうやって生きていったらいいかなあ。実はお父さんよく分からないんだよ。」

我ながら思ったよ、随分仕様もないことを息子に言ったもんだってね。
それでもね、彼はそんなに困ったそぶりも見せずに言ってくれたんだよ。さっきの言葉をね。

「いろいろ考えないで、楽しめばいいんだよ!」って。

まあ笑うしかなかったね。だって本当にその通りだと思ったから。
そして彼はいつも本当に楽しそうなんだ。

みきとおしり1

「どうしてミキトはいつもそんなに元気でいられるんだい?」

「う〜ん、なんていうか僕はね、いつもハッピーとハッピーの間にいるんだ。」

これにはまいったね、ほんとに。
偶然彼がこれらの言葉を使ったにしても、その選んだ言葉は今の僕の仕様のない頭には調度よくて、すんなりと入り込んできたもんだから困ったもんさ。何やらちょっとこみ上げてくるものがあったくらいなんだ。まったく、まいったよ。

つまりさ、ほら、昔の偉い哲学者とか、精神世界の人達なんかが、よく言うだろ、中庸がだいじだって。
日常のどんな物事もそれ自体には意味はなくて、どんなふうに捉えるかは自分の観念しだい。だから極端にならず、ニュートラルな状態でいることが上手に生きるコツだ、なんてね。

で、それはもっともだと思う半面、どこか無機質と言うか、下手をすると人の温度を感じられないようなイメージも持ってしまいかねない言葉でもある気がしていたんだ。

でもね、それをさっきのミキトの言葉に置き換えてみると、何か分かりやすいと言うか、安心するんだよ。
「人はハッピーとハッピーの間にいることが大切。」
こんなふうに言ってもらえたら、何と言うか結局はどっちでも大丈夫、全部ありでしかないと思えて、気付いたらふんわり真ん中にいられる、あたたかなニュートラル状態。
僕には、そんなふうに思わせてくれる言葉だったんだよ。

みきとゆう (1)

酸味の効いたトマトパスタ

そんなわけでね、どちらでもいいと思ったんだ。
どちらでもいいのなら、ここらへんでちょっと観念の衣替えをしてもいいと思ったんだ。これまでのヤツはもう十分味わったから。
だから使い古された観念が元になっている習慣は少しずつ終わりにしようってね。

それでとりあえず、公園の仕事をこの冬で辞めることにしたんだよ。
公園のみなさんには申し訳ないんだけどね。

それについて奥さんに話したらさ、彼女はまるで平気な顔でね。
「そんなことより、下の子の夜泣きで寝不足だから昼寝がしたい。でもその前に酸味の効いた美味しいトマトのパスタが食べたいのでお願いします。今日はチーズを入れないで。」
そう言っただけさ。本当にご飯が好きなんだよ。

とにかくちょっとづつさ。なんせ、ここまで長いこと付き合ってきたこれまでの観念なんだ。きっと前世も入れたら相当な時間染み込んでいたはず。
焦らずに、更新していくことにするよ。子供達に教えてもらいながらね。

さて、何しよう。




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