大人には見えない色【短編小説#16】

5歳の少女は、お母さんが買ってくれる挿絵に、絵具を使って色塗りをすることが大好きだった。

大好きだったのだが、最近は苦しんでいる。
何に苦しんでいるかというと、色に苦しんでいるのだ。

最初はお母さんの言うとおりに、海を青い色に、空を水色に、葉っぱを緑に、地面を茶色に塗っていれば良かった。でもだんだんと、自分が日常見ている色とは異なることに気づき始めた。

これはもう、自分で色を見つけるしかないと、こだわり始めた。

そして今、少女は桜の絵と向き合っている。

花びらのピンクは、赤に白を足すと花びらの瑞々しさがでないため、水で薄めて色を作ることを知った。また、一般的な赤色では、薄めても赤すぎたため、スカーレットという赤色を薄めて、淡い桜色を作った。

幹の色は茶色ではなく、ほとんどグレー色だった。また、色を塗るのではなく、色を描くようにすると、力強い幹を描くことができた。さらに、グレーの色に少し桜の花びらの色を薄めて混ぜた。感動した。自分が見たことのある幹の色だと思った。枝の中に桜の色が流れていることを実感した。
 
完成した桜の絵をお母さんに見せた。
お母さんは褒めて喜んでくれると思った。
ところが、想定した反応とは大いに違っていた。

「木の枝や幹の色はおかしいねえ。もっと茶色じゃない?」
「違うよ。桜の木はこういう色だよ。」
「えーもっと茶色だったと思うなあ。」
「違うよ、もっと暗い色なの!」

お母さんは少女が頑として意見を曲げないことにびっくりしつつも、少し微笑んだ。しかし、お母さんは心から納得していないようだった。

その時、少女はあることに気づいたのだ。

「そうか。大人になると見えない色があるんだ。」と。
 
自分も大人になって、日常の色を忘れてしまう前に、もっと絵を書いておこうと思った。

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