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それから

このあいだ書いた私のnote「それ」が月刊ムーxnote の「#私の不思議体験」企画で賞を頂きました。
その原稿の最後に、私の不思議体験がそれで終わってなかったことをうっかり書いてしまいましたが、どうやらその点をお褒めいただきました。
なので、その後の不思議体験を成仏させるためにも、今後noteにぼちぼち書くことにします。
なんせ実話なので(しかも大昔)、きれいにまとまりません。
尻切れトンボのエピソードいっぱい。
どうすんねん。
前回のタイトルが「それ」だったので、今回は「それから」です。
夏目漱石とは一切関係ないです、あるわけない。

眠らせてくれ。

中学2年生頃の私は最高に機嫌が悪かった。
理由はわかっていた。寝不足だ。
毎晩とは言わないが、3晩に1度は金縛りに遭い、奇妙な現象に見舞われ、眠るどころではなくなっていた。
心霊現象など信じたことのなかった私は、なぜ自分がそういう目に遭うのか理解できず、それも腹立たしく思う原因だった。

夜、勉強中に眠くなって机に顔を伏せて休もうとしたら、金縛りにあう。
その最中の背中がガラ空きの恐怖といったらない。
一体私の背後でなにが起きているのか考えたくもない。

布団の上で仰向けで寝ていても金縛りにあう。
なぜか目を閉じない私は、空中に浮遊する手首から先の右手や、黒い人影を見る。女たちがざわめくような声を聞く。
布団の上からざあああっと手で身体の上を胸から足にかけて触られる感覚がする。誰かの手が私の首を(締めないが)持っている。

私の部屋には少年が出現した。
自室の本棚は壁に作り付けられた大きなもので、下半分は透明なガラス戸がはまっていた。
布団に入って横に向くとガラス戸はちょうど目の前だ。
豆電球の光で、ガラスに自分とその背後が映し出される。
年齢5、6歳くらいの少年が時々私の背後で正座しているのだ。
なぜかいつも彼は片腕を肩からぐるぐる回していた。
実害はないが、金縛りの真っ最中に私の背後にいるだけで彼は十分邪悪な存在だった。
金縛りに慣れることなどなかった。毎回新鮮な恐怖がやって来た。

誰かこの不可思議を科学的に説明してほしかった。
心霊現象じゃないよ、こういうカラクリなんだから、全てキミの勘違いだよ、と。
両親はまともに取り合ってくれない。
どうかしたいのに、どうしたらいいかわからない。
ただぐっすり眠りたいだけなのに。

ネジの在りか

その夜、うつぶせで寝ていて金縛りになった。
いつもと違ってふらふらし始め、腰のあたりからすっと引っ張られるようにして身体が浮き上がった気がした。
そして、目の前に天井近くの壁があることに気づき、自分の目を疑った。

まさか、幽体離脱か。

身体から「意識」が離脱したのなら、布団の上に残された自分の抜け殻があるはずだが、金縛りのせいで首を曲げて下を向くことができない。
私の意識は制御不能のまま、閉じている部屋のドアの上部フレームあたりで浮遊する。
フレームの上に埃が溜まっている。
「あ、こういうところもマメに掃除しなくちゃダメだな」
などと冷静に思ったりした。

気が付くと私の意識は渡り廊下を過ぎて茶の間へ。
深夜の茶の間は薄暗がりの中いつもと同じ様子だが、もちろん誰もいない。
私は焦った。こんなところでフラフラしていいのだろうか。
戻れなくなったらどうする?
早く自分の身体の中に戻りたい。

「戻れ戻れ」

すると、「意識」は茶の間を出て再び渡り廊下へ戻っていったのである。
部屋を出る瞬間、なぜか壁の鴨居の上に一本の太いネジがあるのが目に入った。
私の意識は無事に身体の中に戻り、金縛りが解けた私は眠りについた。

翌朝、起きて茶の間に入ると、母が何かを探していた。
尋ねると、
「壁時計のネジが外れたのを棚の上に置いてたんだけど、見つからないのよ。どこかに落ちていて、踏んだら危ないでしょ」
と言う。
もしやと思って私は言った。
「鴨居の上にあるんじゃない?」
「ええ? あるわけないでしょ」
しかし、私が背伸びして鴨居の上に手を伸ばすと、ネジはあった。
昨夜見たあの場所に。

私が差し出すネジを不思議そうに受け取る母。
「あんたが置いたの?」
「置いてないよ」
「昨日私が寝る前に気づいて棚に置いたのよ。誰がネジをあんなところに置き直したの?」
「知らない。お父さんじゃない?」
「今起きてきたばっかりのあんたが何ですぐ見つけるの?」
昨夜のことを説明したくない私は、
「なんとなく」
といって誤魔化した。

嫌なタイミング

私の金縛りにマンネリはなく、毎回訪れる新しい恐怖のおかげで私の睡眠不足は続く。
学校での勉強が精一杯で、私には部活動をする気力も体力もなかった。
誰にも頼れないと思い込んでいた私は、自分でこの問題を解決するしかなかった。

ある日、良いアイデアを思いついた。
自分の好きな音楽のテープを聴きながら眠れば、金縛りにならないのではないか。
ここ2、3日は普通に眠れる日が続いたので、そろそろ次の恐怖がやって来るタイミングかもしれなかった。

早速その夜、流行りの音楽ばかりが録音されたカセットテープを聴きながら布団に潜り込む。久しぶりの安心感である。
いつもの陽気な曲が枕元にあった。
ところが、そんな時に限っていつまでたっても眠くならないのである。
テープが終わるまでに眠りにつかなければ!
一曲、また一曲と聴き終えて焦る私。
冴えた眼で今にも終わりそうなカセットテープの回転を見つめた。
「仕方ない。この面が終わったら裏面を聴こう」
やがてテープが終了し、ラジカセの再生ボタンがぽんと跳ね上がった。
一瞬の静寂。
その時だった。

ばんっ。

布団の横のラジカセに向いて寝ていた私の背中を、誰かが強く叩くように押した。布団にうつぶせに倒れる私。
そのまま布団に顔をつけるようにして金縛りになった。
どうしてそんなことになったのかわからぬまま、混乱した頭で一つだけ確信していた。

そうか、このタイミングを待っていたんだ。