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ぼくはライオン

これは私たち一家がスペインのマドリッドに引っ越して間もない頃の話しだ。娘のサラが7歳、息子のレオが3歳のときのことだった。

■海辺の移動遊園地

イースター休暇に家族でアルメリア県にあるロケタスという海沿いの町に出かけた。スペイン南東部のささやかなリゾート地だ。
偶然旦那の従姉家族もそこに滞在しているということなので、2家族合流してビーチ沿いにあるイースター期間中だけの移動遊園地へ出かけることになった。その家族にも11歳の息子・へスースと7歳の娘・マリアがいる。

スペインの南に位置する町だから、海からの風は強いけれど4月の空気はもう暖かい。
夕陽の中、風に吹かれながら私たちは舗装されたビーチ沿いの道を遊園地に向かって歩いた。
7歳の女の子たちマリアとサラの2人は、はしゃぎ回って先を走ったり、戻ってきたりと忙しい。
息子のレオはお兄ちゃんのへスースに手を繋いでもらって嬉しそうに歩いている。
彼らを眺めながら大人たちはゆっくり後をついていった。

到着した移動遊園地は思ったよりも大掛かりなものだった。
ジェットコースターやゴーカートもあれば敷地内を走る列車もある。
賑やかな音楽とクレープやアイスクリームのお店の甘い香り。
歓声を上げ、娘たち2人は飛び跳ねながらマリアの両親たちを引き連れてどこかに走り去ってしまった。

■いくじなしの挑戦

さあ、うちの息子・レオは何がしたい? 
でも彼はしたいことをはっきり言わない。
ちょっと内気で意気地のないのがレオなのだ。
彼は、幼児用の乗り物さえも1人で挑戦するのを嫌がってしまう。
でもそれは想定内。
普段だって近所の公園のすべり台でさえ、お姉ちゃんに抱かれるようにしないと滑りたくないくらいなんだから。

「名前負けしてるよなぁ」
こっそり私は思う。
彼の名前「レオ」とはライオンのことだ。
名前の響きが日本人としてもスペイン人としても不自然に思えなかったことと、やっぱりライオンのように力強く生きて欲しい、そんな思いでつけた名前。
ところが実際の彼は、親にしてみればじれったいほどシャイで人見知りで、消極的な恐がり屋だった。
どう考えたって百獣の王・ライオンというタイプではないんだよなぁ。

へスース兄ちゃんが付き添ってくれるというので、ようやくレオもゴーカートに挑戦することになった。
臆病だけど車は大好きなのだ。
優しくしてくれるお兄ちゃんのおかげで、あっちこっちと車を走らせ、楽しい時間はあっという間に過ぎる。
レオは大満足でゴーカートを終了した。
へスースはその後も気を使ってレオの傍にいてくれたけれど、せっかくの遊園地で3歳の子に11歳の男の子をずっと付き合わせるのは可哀想。
だから旦那がへスースを連れて、もっと彼が楽しめそうな遊具を探しに2人で出かけた。
そしてレオと私がその場に残された。

「さ、これからどうしようか」
レオはただ歩き回るだけで、これ以上の遊具に挑戦しようとしないかもしれない。
ところが、意外にもレオはあるものを指さして「やりたい」と言ったのである。

見ると、空気圧式の大きなすべり台があった。
PVC素材を空気で膨らませた高さがあって幅も広い、いわゆるビニールのジャンボすべり台。
スペインの移動遊園地には必ず1つはあるものだ。
すでに幼稚園や小学生くらいの子供たちが何人もトランポリンのように跳ねて遊んだり、上から滑り降りたりしていた。

「大丈夫? 本当にやりたいの?」
普段は大抵のことに尻込みするレオだから、一応の再確認。
でも彼の意志は固かった。
私はチケットを係員に渡し、レオをエリアの中に送り入れた。

■気づかぬ成長

先に中で遊んでいる子供たちは、どの子もはしゃいでハイテンション。
レオはゆっくり靴を脱ぎ、そんな中へ裸足になって一歩一歩進んでいった。
私は柵の外から彼の背中と小さな肩を見つめる。
ふわふわしたビニールの空気マットは、歩くたびに不規則に弾むし、凹んで足元が不安定になる。
よろけながらも注意深く進むレオ。
他の子供たちがジャンプしたり走ったりすると、その振動でレオの足場は大きく揺れる。
足を踏ん張りながら、ようやく彼はすべり台にのぼる階段の下に辿り着いた。

3歳にしてはレオの身体は間違いなくプチサイズだ。
これでも生まれた時の体重は3.5kg。
日本人としてもヨーロッパ人としても決して小さい赤ん坊ではなかった。
私は彼が小さく育ったのは、赤ん坊の時の病気と手術のせいかも、と勝手に思っている。

レオには直腸に先天異常があった。
生まれて3週間目に異常部分の腸を32cm切除する4時間半の手術を受けた。

手術は成功したが、その後彼の成長はスローペース。
保育園のクラスでは一番のおチビだ。
私も彼に無理をさせないようにと少し過保護になっていたかもしれない。

そんなことを考えながら、ライトに照らされた彼の姿を目で追う。
レオはゆっくりと手と足を使って階段をよじ登り始めた。
空気で膨らんだビニールの階段は少し頼りなくて、ステップに注意しないとすぐに足を踏み外すことになってしまう。
案の定レオは失敗して既に1、2段落ちてしまった。
でも、意外に落ち着いて再度挑戦。
そして、おっかなびっくりながらもなんとか頂上まで登り切ったのである。
私は小さく驚いた。

すべり台のてっぺんでしばらく躊躇していたレオだが、やがて覚悟を決め、すうううっと滑って降りた。
とても上手に降りたのだ。
柵のこちら側から私は思わず声を掛ける。だって、こんなことは初めてだ。
しかし、遊園地の音楽や歓声に邪魔されてその声は彼の耳には届かない。
頬をピンクに染め、少し興奮した表情で降りてきたレオは、そのままの勢いで再びさっきの階段へと向かっていった。
知らなかった。
いつからこんな大きなすべり台を恐がらずにやれるようになったのだろう。
もっと小さなものでも嫌がっていたのに。
大体、私は彼のすべり台の練習にあまり熱心ではなかった。
本人が滑りたくないって言うんだからしゃーないか、とすぐに諦めてさっさと家に帰ろうとしてばかりだったのだ。
一体いつの間にあんな大きなので遊べるようになったんだろう。

レオの誕生後に発覚した先天異常というのは、彼の直腸の一部に神経がなかったことだった。
だからレオは手術をするハメになった。
神経がないと排便できず、食べた物がどんどん腸の神経のない部分に溜まって腸は肥大し、最悪は破裂して死にいたる可能性だってある。
しかし現代医学では、外科手術で腸の悪い部分を取り除きさえすれば、ほとんどのケースで命を落とすようなことはない病気だ。
それでも新生児5000人に1人がこの病気を持って生まれてくるという。
レオの病気のことを知った時、私には他の健康な赤ちゃんとそのお母さんたちがとても眩しく、羨ましく思えたものだった。

さて、レオはすべり台で2度目の階段に挑戦中だ。
しかし、階段に手足をかけたところで、後からやって来たもっと大きな身体の子供たち2人に勢いで負けてしまった。
一瞬、彼らに押し倒されたり、順番を抜かされたレオが泣いたりすねたりするのを心配した私だが、そんなことは起きなかった。
レオは急いで登る2人に冷静に階段を譲ってやり、彼らが登った後の階段を1人淡々と進んでいったのである。

手術室の前で看護婦さんに促された時、私は何も分かっていない生後3週間のレオの頭をなでて額にチュッとしてやった。
それから彼を乗せた移動式のベッドが、麻酔の装置の傍に寄せられた。
小さなマスクがキョロキョロしていた赤ん坊の口にかぶせられたかと思うと、ものの2秒もしないうちにレオの頭はがっくりと後ろにのけぞり、意識を失ったのが見えた。
私はそのあっけなさに泣けた。
そして次の瞬間には、私たち夫婦がいる廊下は頑丈なアコーディオンカーテンで遮られ、レオのいる手術室から切り離された。

2度目のすべり台も難なくこなしたレオは、すっかり楽しんでいる。
でも、問題は彼の3度目のトライのときに起きた。

■登れ、登れ。

レオが階段に辿り着いたタイミングが悪かったのだ。
丁度他の子供たちほとんど全てが彼の後ろに並ぶ形になってしまった。
レオより活発で身体も大きい年上の彼らは、登って滑り降りてくる回転スピードがかなり速い。
「レオ。早く階段を登らないと、レオの後ろでみんなが渋滞してるよ」
しかし、彼は全くのマイペース。
背後の子供たちに気づかないのか、今までと変わらずゆっくりと階段を手で掴み、足をかけて登り始めた。

すると、後ろにいた元気な子供たちはもう順番を待てなくなってしまった。
レオを追い越すことに決めたらしい。
次々とレオの脇を通り、彼を追い越して無理に階段を登り始める子供たち。
まとまった数の子供たちが階段に集中するので、ビニールの階段は凹むし、その場が激しく揺れた。
バランスを崩したレオは、せっかく数段登っていた階段から下まで落っこちる。
ハラハラしてそれを見つめる私。
しかしレオは、またあきらめずに淡々と階段の一番下から再挑戦を始め、その落ち着いた姿に私は胸をなで下ろした。

でも、レオの背後にはまだ他の子供たちが溜まっている。
今度は、手を伸ばして先の階段を掴んでいたレオを追い抜こうとした1人が、誤って彼の手を踏んでしまったようだった。
でもレオは泣き言を言わない。
自分の手の甲からその子の足が外れるのを待ち、手が自由になってからまた一つ上の階段を掴むのに成功した時――。
残りの子供たちも、猛然と階段を上り始めた。
競争するようにして登る少年少女たちは、次々とレオの手や肩、そして頭に足を乗せて踏みつけ、彼の身体を階段代わりにしていったのである。

私は息を呑んでレオを見つめる。

ここからレオの顔は見えない。
彼は階段の途中で両手両脚を突っ張って立ち、肩や頭に他の子の足や膝を乗せられたままでじっとしていた。
彼らが自分の身体を通り過ぎるのを黙って待っていたのだ。
足を乗せられたレオの頭は少しうつむいたままで動かすこともできない。
夢中で先を急ぐ子供たちが興奮して笑ったり叫んだりしている中、彼はただぎゅっと階段を掴んだまま身を突っ張って自分を通過していく彼らに耐えていた。
やがて大勢の子供の重みに耐え切れなくなったビニール階段が大きく揺れた。
同時に、みんなを支えきれなくなったレオの身体は、ずるずると階段の一番下まで落ちてしまったのだった。

子供たちは自分たち以外のことなど何も見えていない。
彼らの親たちもきっと自分たちの子供以外何も見えていない。
落ちていったレオのことになど誰も気づかないし、心配するわけもなかった。
みんな遊園地が楽しくて興奮状態なんだから仕方ない。
誰もいじわるでレオを蹴落としたわけじゃないんだよ。
分かってる。それは私にも分かる。
所詮子供の遊びじゃん。
これで誰かを責めたり、怒ったりは大人げない。
わかっちゃいるけど。でも。

いつのまにか私の隣に旦那が立っていた。
彼も一連の出来事を目撃していた。

私たちは身を固くして成り行きを見守った。
階段の下のレオ。またスタート地点に戻ってしまった。
他の子供たちがすべり台の頂きへと到着していく中、私たちの息子は立ち上がり、体勢を整えると誰もいなくなった目の前の階段を1人でゆっくり登り始めた。
後ろを振り返って私たちに助けを求めることもなく、誰かに怒るわけでもなく、彼は今までと同様に淡々と粛々と階段を登り、登って、昇りきった。

登るのに比べ、降りるのは一瞬だ。
3度目を滑り終わったレオは、何事も無かったかのように4度目に挑戦し始めたのだった。

旦那がぽつりと言った。
「あの子は多分ああいう状況に慣れているんだ。きっと保育園でも似たような目に遭っているんだと思う。小さな身体だし、競争や喧嘩に勝てるわけない。だから、ああやっていつも耐えてるんだよ」

4度目のすべり台を無事に滑り終えたところで、レオはようやくこちらを向いた。まだ制限時間までに数分あるが、もう終わるつもりらしい。

柵をすり抜けて戻ってきたレオにしゃがんで靴を履かせながら、その上気した顔にお帰り、と声を掛けた。
小さな声はただいま、と言った。
「楽しかった?」
レオはこくりと頷いた。
「上手だったよ」
その瞬間、彼の表情がぱっと輝いた。

■月とライオン

やがて私たち2家族は遊園地を後にして歩き出した。
空には満月にはほんの少し足りない欠けた月があった。
舗道から月明かりに光る海が見える。
波の音を聞きながら大きな通りへゆっくりと向かった。

サラが後ろ向きに歩きながら弟に話しかけた。
「レオ。今日、大きなすべり台を一人で滑ったの? すごいじゃん!」
うん、と頷くレオ。
サラは続けた。
「だって、レオはレオだもん。レオっていう名前の意味、知ってる?」
「知ってるよ」
レオが答えた。
「ぼくはライオン」

パームツリーの葉の間を通る月光が街灯のオレンジと混ざり、私たちの影法師を舗道に何重にも重ねて映し出す。
ライオンと娘は月と私たちを引き連れて行進していった。

もうかなり前の実話です。今回まとめ直してみました。
長文読んでくださった方、どうもありがとう。