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「光る君へ」うろ覚えレビュー《第25話:決意》

このドラマは好きよ。
ただの藤原道長アンチと思わないでいただきたいが、ドラマでは、まひろと同じように優等生すぎる道長がちょっとつまんない。
ドラマの流れを考慮した上でのキャラ設定なんだろうけど、この道長がもっとワルでズルくてまひろにもちょっかい出して…みたいな金と権力を利用したギラギラの男だったら…とか想像したりもする。

■まひろが都へ

まひろが越前から都へ帰ることになった。

一人残しおく父親の藤原為時の国司ジョブについて一抹の不安が残る。
大丈夫なんですか。

25話では善政を施そうとする為時に対し、地元の民からは予想外の反応が返ってきた。4年で替わってしまう国司の束の間の善政に甘んじて、のちに地獄を見るよりも、ぎりぎり生きていける現状のラインを長く維持したいという民。
当時の租税システムは破綻寸前だったらしいが、これから為時はどのようにして任務を全うしていくのだろうか。

さて、都への旅の途中
「あては誰をおもて都に帰んのやろ」
まひろは思う。
忘れられない藤原道長なのか、全てを受け入れる藤原宣孝のぶたかなのか。

そんな複雑な思いの彼女を都ではサプライズが待っていた。
なんとまひろの弟の藤原惟規のぶのりの乳母である”いと”に、福丸という「いい人」が出来ていたのである。まひろは人生で上から3つ目くらいに驚いたと述べているが、あたしも驚いた。
主人とその娘がいないあいだに乳母は自由を満喫していたのだろうか。
なぜ? ストーリー上必要なのか、この設定?
なにかあるのかもしれないし、回収されないかもしれない謎の伏線である。

さらに、我々には驚愕の事実が待っていた。
あの乙丸にもいつのまにか、”きぬ”という連れが出来ていたのである。
越前で海女あまをしていたきぬは、まひろが食べていたウニを採ってくれていた人物だという。乙丸は海岸で彼女に出会って親しくなり、都につれて帰ってきたのだ。

きぬを採ったうに、じゃなくてうにを採ったきぬ。
ついでに乙丸を採ったきぬ。いい人そうだが。

聞いてない。
聞いてないよ、そんなこと。

だって乙丸は、先週「結婚しないのは、姫様を守るのに精一杯」っちゅう話をしたばかり。もちろん、乙丸は可愛いから応援してあげたいとは思うのではあるが、そういうことは早く言え。
先週の今週ではないか。
どの口が…とは言わないが、乙丸、お前もか。

当然宣孝はまひろの帰京に大喜びである。
まひろのもとに持参した酒で皆と宴会だ。
メンバーは、宣孝&まひろ、いと&福丸、乙丸&きぬ、そしてまひろの弟の惟規。彼だけがペアなしで、寂しそうに見えたが、それは恋人がいないからか、それとも自分の乳母の気持ちが他の男性に向いてしまったからか。
いやいや、寂しそうなのは表面上で、実はどこかの女性のもとに通っているかもしれない。もう全く誰も信用できやしないよ、もう。
超ご機嫌な宣孝を中心に宴は続いた。

みなさん、お幸せに。

■芸と政(まつりごと)

清少納言は今週も『枕草子』を書き続けている。
一条天皇の中宮で、出家しながらも天皇との生活し、朝廷からは冷たい視線を浴びている定子に
「あてはこれ(枕草子)に命をつないでもろたようなもんですわ」
と言わしめる文才はさすがのナゴンなのである。
定子の兄で、恩赦のお陰でしれっと都に舞い戻った藤原伊周は、左遷の際に醜態をさらした人物とは思えないほどの凛々しさと落ち着きを取り戻した。彼は、ナゴンの『枕草子』を書写して広く世に紹介しようと提案。
こうして、定子のために書かれた『枕草子』が広まっていく。
だが、中関白家を中心とした人々の集まりは、どこか心もとなげで弱弱しい。彼らにはもはや政治生命はほぼないのだ。

もう一人政治の世界から少し距離を置くことになった公卿がいる。
「一条朝の四納言」の一人である藤原公任きんとうだ。
貴族社会にデビュー後も、藤原道長より先に参議となり公卿の仲間入りを果たしたが、今ではすでに政界トップの左大臣である道長に抜かれている。
だが、実は彼は何をやっても超一流というマルチタレントの芸能の人。
25話では一条天皇と中宮定子の前で笛を披露した。
まひろのばらばらーん、の琵琶よりずっとましである。
さらに、清少納言とは白居易の漢詩「南秦なんしんの雪」を意識した漢詩ベースの歌を交わしている(この和歌の贈答で公任の下の句に対しベースの漢詩であることを見抜いて見事に上の句をつけた清少納言の評判は爆上がりしている)。
公任はいつしか管弦、漢詩、そして和歌にも優れた平安朝の芸達者としてみやびの世界に生きていくことになった。
彼の極官ごっかん(その人の生涯における最高の地位)は正二位・権大納言であって大臣ではない。
公任の笛の場面では、そんなことを思い起こさせられた。


公任もおとなしくなってきた

さて、公任の笛や清少納言との和歌で和んだ場に、道長が押しかけ、険しい顔をして一条天皇に目通りした。加茂川の堤防が決壊して水害で多くの死者と被害を出したことの責任を理由に、彼は左大臣の辞職を願い出たのだ。
天皇が内裏にいなかったので水害の予防のための工事がままならず、自分の判断が遅れて対処が間に合わなかったから責任を取る、と。
ほとんど「天皇のせい」といいたいばかりの「自分のせい」発言。
道長、そういうトコだぞ。

このドラマのむずかしい部分は、藤原道長をいい人にしておいたままで、ある程度史実に沿わせようとするところだ。もっとダークな部分もある人物として描けばよっぽどつじつまが合うのではないか。道長の代わりに一条天皇が悪く描かれているようにも思えるのも、ちょっとな。

ところで、中関白家には政治生命はなく弱弱しいと先述したが、藤原伊周の弟の藤原隆家だけは、イライラするくらい自信満々です。
どこから来るのか、その自信は。一応配流されてたんだし。
25話でも道長に対し熱心に自分を売り込む隆家だった。
このあたりが、もしかして三条天皇時代の大宰府での隆家の活躍への伏線か。もともと元気で奔放な人物だった彼は、史実としては、こののち一定期間道長の脅威となりかねない存在にまで成長する。
ただの喧嘩っ早い男でもなかったらしいのだが、あたし的には今のところいい印象はない。

■宣孝の本気

前回ほどテンションは上がらないが、宣孝とまひろなんである。

都にまひろが戻りご機嫌な宣孝は、さすがは抜け目ない。
まひろの「忘れ得ぬ人」が道長だと知っていて、あえてその張本人に山城守に任官の御礼ついでに、自分がまひろの夫となることを宣言した。
無邪気を装って、意図どおりに実行する宣孝はさすが。

しかも、宣孝はそのことまであっさりまひろに報告する。
「あとからいじわるされても困るさかいにな」
「好きやからやん、お前さんのことが」
と、冗談交じりだがまひろに直球で答える。
立腹したまひろの
「帰っておくんなはれ」
には
「はーい」
である。

宣孝は計算している。
結婚という大きな決断を冗談で矮小化して、こともなげに実行しようとしていないか。冗談にくるんでまひろを精神的に追い詰めないようにしながら結婚実現に持っていくプランであるように見えるのだが、深読みか。
大人で、手練てだれという印象も。

平静を装う道長

一方、表面上は努めてこともなげに宣孝の宣言を受け止めた道長も、内心は穏やかではなかった模様である。それを知った彼は、自筆の文もよこさず、ただ結婚の祝いの品を百舌彦に届けさせただけだった。
まひろとのけじめのようにも見えるし、悔し紛れのようにも見える。
それがきっかけだったのか、まひろは本当に宣孝の妻となるのだ。

夜分になり、宣孝がまひろの部屋へとやってきた。
「不実な女でっけど、それでもよろしいんでっしゃろか?」
「わいも不実や。あいこやで」
宣孝がまひろを抱きしめ、横たわらせる。

このくらいで十分です、宣孝&まひろよ。

うっはー、そこで終わってよかった。
勘弁してください。もうお腹いっぱいです。

■最後に

あれ? まさか。

まさか、もう周明は登場しないの?
そんなことないよね。
彼なら最後の最後にええ話にまとめてくれそうな気がするのだが。
越前どうなってる? 宋人、まだいるよね?