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つれづれ雑記 *定番の味は実は変化しているという話


 変わらない味、というものがある。
 時代に乗った流行の味というのではなく、ずっと昔から常連に愛されている、その店の定番の味と言われるものだ。

 家族でよくドライブに出かける途中に、ある和菓子屋さんがある。
 創業が明治15年という老舗だ。
 そこの定番が小ぶりの餡饅頭なのだが、これがまた、とんでもなく美味しいのだ。

 いわゆる薄皮饅頭と言われる蒸し饅頭で、薄い皮からうっすらと中のこし餡が透けて見える。
 皮はあくまで柔らかくしっとり、なめらかな餡は甘さが控えめでこれもしっとりしていて、いくらでも食べられる。

 しばらく行けなくて間があいてしまい、久しぶりに食べることがあっても、あー、この味この味、と安心する。
 この味はずっと守って欲しいなあ、などと考えていた。

 あるとき、我が家が購読している地方新聞にこの和菓子屋さんの記事が載った。
 地元の名店、というタイトルの特集記事だった。
 然もありなん、どれどれ、と読んでいて、その内容にちょっと衝撃を受けた。

 変わらない味、変わらない美味しさ、と言われていますが、実は変わっているんですよ。

 えっ。うそ、ほんとうに?

 女将さんの話。
 先代から店を継いでからずっと、先祖から伝わる皮や餡の製法を大事に守り、変わらない味を伝える努力をしてきた。
 もう何十年も前のこと、古い常連のお客さんに、「味、変わったね。昔より甘くない?」と言われ、ショックを受けた。
 製法も材料も分量も全く変えていないのだ。味が変わるはずがない。
 何が違うのだろう。あらゆる原因を調べ、考えた。

 そして、最後の可能性にたどりついた。
 菓子の味が変わったのではない。それを食べる人の味覚が変化したのだ、と。

 日本人の味覚は、砂糖が何より贅沢品だった昔に比べてかなり変わってきている。
 健康志向もあり、甘さ控えめが好まれるようになってきた。
 テレビ番組の食レポでも、「甘過ぎなくて美味しい」と言うセリフがよく聞かれるようになった。

 もともと、この店の饅頭は甘さが控えめなのだが、それをもってしても、最近の甘さ控えめ傾向からすれば、少し甘く感じられるようになってきたのだ。

 味を変えることは冒険だったそうだ。
 でも、少しずつ少しずつ、普通の人の味覚ではわからないほど甘さを控え、他の材料の配合も微妙に変えた結果、常連さんに「そうそう、この味この味」と言われるようになったという。
 
 人間の味覚は時代と共に変化している。
 変わらない味、と言ってもらうには、少しずつ時代に合わせて変えていく必要があるんですよ。
 でも、変わったことに気づかれてはいけないんです。

 と、女将さんは笑っていた。その笑顔には老舗を守る矜持が感じられた。

 「変わらない味」を守るために、変わることを恐れない。
 何だかすごいなぁと思った。 


 ところで、私は一度作った料理の味を再現できないことがよくある。
 たまたま思いつきで作ったおかずを食べた娘から、「これ、美味しい。また、作って」と言われ、「はいはい」とは言いながらも、あれ、何をどれだけ入れたっけ?は、日常茶飯事だ。

 老舗の「変わらない味」とは大違い、という、これはまた、別のお話。

 
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