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『クリスとみちる』 3話:みちるの光

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 漢字の書き取りをしているときに、お母さんが


「みちる、明日からちょっとお出かけするよ」


  と言ったのはおとついのことだ。


「クリスっていう人がアメリカから日本に来ていてね。

 お母さん、ちょっと勉強したいことがあってね」


 勉強?


「それ、僕も行くの?」

「ううん、お父さんとお家にいてね」


 そうなんだ。


「その人、英語話すの?」

「そうだよ」


「お母さん、英語わかるの?」

「日本語にしてくれる人がいるから大丈夫だよ」

「ふーん・・・そんで何を勉強するの?」


 お母さんは急に困った顔になった。

 僕、そんなに困らせるようなこと言ってる?


「うんとね・・・それがうまく言えないんだよね」

「・・・行って何するの?」


「うんとね・・・みんなで輪になって座って、クリスの話を聞いたり、自分の呼吸を感じたり・・・そういう練習。・・・そう、気づく練習するの」


 気づく練習? なにそれ。


「それ、練習がいるの?」

「うーん・・・いるみたいだねー・・・ 」

「ふーん」


 全然わからない。でも別にいい。


 次の日、目が覚めたらお母さんはいなかった。

 休みだったお父さんと買い物に行って、夕ご飯にお寿司を買った。

 テレビを見てたら、八時くらいにお母さんが帰ってきた。


「おかえりなさい」

「ただいまー」と言いながらお母さんが僕を見た。


 僕はほんの一瞬、あれ? って。なんか、あれ? って思った。


 でもお母さんはやっぱり普通にお母さんで。


 意外に電車空いてたーとかお腹減ったーとか言いながら、てきぱきとお茶入れて、三人でお寿司を食べた。


 お父さんがどうだった?って聞いたら、うん、よかったーって言いながらマグロ食べてた。


 僕は注意深くお母さんを観察したけど、さっきの感じがなんだったのかわからなかった。


「明日も行くの?」と聞いたら

「うん、明日も行くよ」とにこっと笑った。

 そのにこっで、本当に楽しみにしている感じがビュンって飛んできた。

 僕まで少し嬉しい気持ちになった。


 そうして次の日帰ってきたお母さんは


 もっと、こう。なんだろう。

 

 顔もかたちも一緒、でも、なんだろう。

 

 なんか、違った。


 なんかお母さんがお母さんだった。


 僕は洗い物をしているところに、後ろからぎゅっと抱きついた。


「みちる? どうしたの」

 

 笑いながら見下ろすお母さんは、ちょっと前のお母さんの感じがした。

 ぴかっとして、軽くてほわっとしたあの感じ。


 お尻に抱きついたまま、僕はぎゅっと目をつぶった。


「よしよし」

 笑いながら洗い物をお母さんは続けた。


「ねえ、お母さんは何の勉強をしてるの?」


「えー・・・」


 お母さんはまた困ったような声で、でも。


「んー・・・みちるやお父さんを

 どうやったら大事にできるかなっていう、その勉強かな」


そう言った。


「大事にする勉強?」

「んーうまく説明できないけどね、なんか今日、そう思ったんだよ」

「ふーん・・・」


 全然わからなかった。


 なのに、ふっと口から出てしまった。



「僕も行きたい」




〜続く


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