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《児童文学》お父さんだワン!ーー僕とお母さんの秘密

「みつぐ。お父さん、お腹が減っているんじゃない?」

 お母さんにそう言われ、スマホのゲームを止め、お父さんの寝ている部屋に行った。お父さんは嬉しそうに僕を見て、だらりとよだれを垂らした。時計を見ると、もう夕食の時間を過ぎている。

「ごめんね、お父さん! 今すぐ用意するから!」

 お父さんは嬉しそうに立ち上がり、しっぽを振った。僕はキッチンに移動して、ボウルにドッグフードをカラカラと音を立てて入れてやった。お父さんは僕の前にちゃんとお座りして待っている。

「いいよ」

 お父さんは僕の出す合図とほぼ同時に、ドッグフードをカリカリと食べ始めた。そう。僕のお父さんは犬だ。正確に言うと、犬の名前が、“お父さん”だ。

 お父さんは、僕が生まれる一年前に、お母さんと一緒にこの家に来た。散歩が大好きな大きな洋犬。

 僕は、小学生になってから、お父さんの餌やりと散歩を、お母さんから任せられている。

 ◇

 幼稚園生の時だった。先生が、

 「父の日がもうすぐです。お父さんに似顔絵を描いてプレゼントしましょう」

 と言った。僕は迷わず、可愛い灰色の耳が垂れているお父さんの絵をクレヨンで描いた。

「あら、みつぐくん。これはワンちゃんの絵ね。お父さんの絵を描きましょうね」
「え?僕のお父さんだけど……」
 
 キョトンとして答えた僕に、先生はオロオロとした。大人の「しまった!」という顔をして。妙な間の中、僕は、周りの子達の絵を確認してみた。みんなのお父さんの絵は、人間の男の人だった。メガネを掛けたり、ひげが生えている男の人。

 驚いた。みんな、人間のお父さんを持っているんだ。いや、正確に言うと、僕は知っていた。お母さんに、「みつぐのお父さんは、不慮の事故というもので死んじゃったのよ」と教えてもらっていたから。

 でも、はっきりと、“みんなのような人間のお父さんが僕にはいない”、ということを認識できたのは、その時だった。

 犬のお父さんは、散歩が大好きだ。

 僕もお父さんとの散歩は好きだけど、雨の日や風の強い日は、ちょっと大変。それに、毎回お父さんのうんこを拾わなくていけないのは、面倒だな、と思うこともある。

 でも、お父さんと一緒に公園で駆け回っていると、無条件に楽しくて、笑い出してしまう瞬間が幾度もある。

 ◇

 家から歩いて10分のところに、大きな公園がある。広い芝生のエリアと遊具。それからドッグランのコーナがあるので、僕は、平日は放課後に、週末は午後に、お父さんとその公園に出かける。

 公園までの道のりは、お父さんが興奮して歩くから、握っているリードはぐいぐいと引っ張られる。だから僕は、いつもお父さんの歩く後ろ姿を見ている。お尻フリフリ! 散歩嬉しいワン! そんな感じの後ろ姿を。

 ◇

 ドッグランに入ると、お父さんはいよいよ嬉しくなってジャンプする。

 「お座り!」

 リードを外すために毎回そう言わなくてはいけない。我慢してお座りしているお父さんの首からリードを外すと、お父さんは勢いよく「ワン!」と吠えてジャンプする。

 早くワン! 投げてワン! 遊ぶワン! そんな感じで。

 すぐに散歩用のバッグからフリスビーを取り出し、「えい!」と投げる。ビューンと飛んでいくそれを、お父さんは猛烈な速さで追いかけてパクリとキャッチする。

「ナイスキャッチ!」

 お父さんは僕の前まで歩いてきて、くわえていたフリスビーを、ぽとり、と落す。そして「ワン!」と吠える。僕はフリスビーを拾い上げ、また「えい!」と飛ばす。

 僕らは、そうして飽きるまで繰り返し遊ぶ。フリスビーを高く飛ばしてみたり、低く飛ばしてみたり、いろんな角度やスピードを試して。お父さんはその度に、パクリ、とちゃんとキャッチする。

 ◇

 十分に遊び終えると、僕は自動販売機で好きなジュースを買って飲む。お父さんには、ボウルにお水を入れてやる。

 天気の良い日は、夕日を見ながら、ぐびっとジュースを飲む。静かに座っている犬のお父さんにより掛かり、夕日が沈むのを眺めることもある。お父さんは、ふかふかで気持ちいい。

 ◇

 小学校の授業参観日や運動会のたびに、僕はドキドキしていた。おかしな寂しさに心が包まれる気配があった。だって、やっぱりみんなのお父さんを見て、犬ではないのだな、と思うから。

 でもまず犬に、“お父さん”という名前をつけちゃうのも普通じゃないよね。友達が僕の家にあそびに来ると必ず尋ねる。

 「犬、大きいね。なんていう名前?」

 僕は正直に答える。

 「お父さん……」

 鉄板ネタだ。いつも笑われる。僕は、それも悪くないなと思えてきていた。最近までは。だって、みんながお父さんをなでて、「いいなあー! みつぐくんのお父さん可愛くて!」と言うんだから。

 ◇

 今、5年生。最近、人間のお父さんと一緒に歩く子達を見かけると、“僕にはいない”、という感情に圧倒され、胸のあたりがぎゅうっと痛くなる。

 そして無性に欲する。

 宿題がわからないときに教えてくれる人を。可愛いなって思う女の子とは、ドキドキしちゃって、うまく話せなくなることをどうしたらいいのか教えてくれる人を。キャッチボールの相手をしてくれるとか、早く走れるようになるためのコツとか教えてくれる人を。

 でも僕には、そういうことをしてくれる人間のお父さんがいない。

 テレビのCMで、父親とドライブに行く映像が流れることがよくある。それを見る度に、“でも僕にはいない”。そう思う。

 イライラするようになって、お母さんにきつく当たるようになった。お母さんは、そんな僕に、ため息をつく。僕が悪いんだけど、そうやってお母さんが僕に呆れたような視線を送ったり、態度を取ると、寂しさが増す。

 僕だってイライラしたいわけじゃない。でもイライラという感情に圧倒されてしまう。それに行動がコントロールされてしい、どうしていいかわからなくなる。
 
 そんな時は、犬のお父さんと一緒にベッドで眠る。お母さんは、「ベッドが毛だらけになるから止めなさい」と言うけれど……。

 ◇
 
 ある晩、お父さんの頭を撫でながら、僕は本音をポロっと口にした。

 「なんかさ。人間のお父さんが欲しいなんていう、変な気持ちに最近なるんだ……」

 涙目の僕を、犬のお父さんはじっと見つめた。それから大きな長い舌でペロンと僕の顔を舐めた。またじっと僕の目を見つめるお父さん。たぶん8秒くらいはたっぷりと見つめ合った。そしたら不思議と、すうっと心が解かれたようになった。理解された気がしたんだと思う。そうしたらもう1つの本音がポロっと出た。

 「お母さんに、僕の気持ちを正直に話してみようかな?」

 言い終えると、お父さんは、今度は何度も何度も僕の顔を舐めた。

翌朝、お母さんに久々に「おはよう」と挨拶をしたら、「あら? 珍しい。今日は機嫌がいいのね」なんて返事をしてきたから、またムスっとモードになっちゃって、無言のまま朝ごはんを食べて、お父さんにドッグフードをあげて、学校に行く支度をして、「行ってきます」を言わずに家を出た。

 ◇

 玄関を出てすぐに疑問が浮かんだ。

 「もし僕が人間のお父さんが欲しいなんて言ったら、お母さんはどんな気持ちになるのかな?」

 それは学校にいる間もずっと消えずに頭の中をぐるぐると回った。

 ◇

 国語の授業は、“ディスカッション――話し合い”の勉強だった。

『自分の意見をわかりやすく理由と一緒に述べる。』
『相手の意見を最後まで聴く。』
『最後に、どうするべきか、自分と相手の気持ちを尊重して、折り合わせたところで意見をまとめる。』

 ということだった。

 僕と、お母さんの話し合いは、上手くいくだろうか?

 お母さんを無視したり、もしくは喧嘩ごしになって話したりするのは、よくない事だと分かっている。だって反抗的な態度を取るようになってから、家の中は何も変わらないはずなのに、寂しいところになったから……。
 
 お母さんと話し合いをすれば、また、家が居心地のよい場所になるだろうか? でも、正直に人間のお父さんが欲しいなんていう僕の意見を言ったところで、お母さんが悲しんでしまうだけかもしれない。

 でも……。

 じゃあ、僕の気持ちは、どうすればいい?
 誰に預けたらいい?
 もしくは、誰もにも言わずに黙っていたらいいの?

 でも、この気持を抱えたままでいたら、どんどんお母さんに意地悪になってしまう気がする。

 どうしよう? 

 頭の中の沢山の疑問に答えが浮かばないまま時間が過ぎて、放課後。僕は家にまっすぐ帰る。お父さんの待っている家に。

 ◇

 「ただいまー!」
 「ワン!」

 散歩に行きたくて行きたくて仕方がないお父さんは、嬉しそうにしっぽを振って僕を出迎えた。ランドセルを子供部屋に置いて、玄関に置いてある散歩用バッグを手に取り、お父さんと一緒に家を出た。

 歩くお父さんのお尻はフリフリ! 嬉しいワン! 散歩だワン! と、ご機嫌だ。なんだかお父さんのお尻フリフリを見ていたら、ホッとして一旦あれこれ考えるのを止めることができた。

 ◇

 公園で、いつも通りにフリスビーで繰り返し遊ぶ。

 「ナイスキャッチ!」
 
 フリスビーを僕の前で、ぽとり、と落としたお父さんの頭を撫でたら、ふっ、と答えが浮かんだ。

 「お父さんがいなくて寂しいのは、お母さんも一緒だね……」

 言い終え、フリスビーを拾った。

「だから僕は自分の気持は言わない。お母さんが悲しむかもしれないようなことは、言わない。よーし! えい!」

 フリスビーを遠くまで飛ばした。それを、お父さんが猛烈な勢いで追いかけていく。小さく見えるお父さんを眺めながら、自分の心を確認してみた。寂しさは消えていなかった。

 「お母さんを悲しませないことが答えだと思って、決意したのに……。うーん。今日は、グレープ味のファンタを買おうかな!」

 炭酸は苦手だけれど、もやもやしたときは、炭酸飲料を無性に飲みたくなる。

 ◇

 グレープファンタを飲んだあとの帰り、一歩一歩家に近づいていくと、「絶対に言わないぞ! お母さんを悲しませないぞ!」と体中に決意がみなぎった。そしたら、心の周りに固い壁が出来ているように感じた。決めるというのは、不思議な力がある。
 
 ◇
 
 家の前に着くと、お母さんがちょうど車を駐車していた。タッタッタッとお父さんと一緒に駆けて駐車場に入り、車から降りてくるお母さんに声を掛ける。

「おかえり」
「あら。今日は、おかえりも言ってくれるんだ。ただいまあ~」

 お母さんは車のドアを閉めてから、お父さんの頭を優しくなで、「お父さん。みつぐは、ちゃんと大きくなっています。心も体も成長しています」と言ったから、思わず「何言ってんのお母さん。これは“お父さん”という犬でしょう?」と笑ったら、「違うのよ。秘密があるの。今日教えてあげるわ」と、お母さんは僕に笑顔を見せた。

 ◇

 片手に買い物袋1つを持って意味ありげな笑顔を崩さないお母さんは、ふふふ、っと少し笑ってから、玄関に大股で向かい、家の鍵を開けた。ドアを開け誰もいない家の中に向かって、大きな声で「ただいまー!」と挨拶をしている。

 「変なお母さんだね~」

 僕もお母さんのあとを追い玄関に。玄関でお父さんの足の裏を丁寧に拭いてあげてから、お父さんと家に上がった。

 リビングに入ると、お酒の匂いがした。お母さんが甘いリキュールというお酒を時々夜に飲むんだけれど、今日は、もう飲んでいた。

「みつぐ」
「なに?」
「秘密を教えてあげるわ。そこに座りなさい」

 僕は、指さされたソファーに座った。お父さんも、ソファーの上にぴょんと乗ってとなりに座った。お母さんは、お酒片手にキッチンのカウンターごしに僕を見ながら、ゆっくりと丁寧に伝えてくれた。

「お父さんはね。死んでしまってから、犬の中に入ったの。私が寂しくて泣いてたときね、泣かないでって、お父さんの声がしたのよ。びっくりして顔を上げたら、白い光が見えたの。その光が、シュッと寝ているワンちゃんの中に入ったのよ。お父さんは、ワンちゃんの中で生きているの……」

 僕は、なんにも言わずにうなずいた。これは、嘘だ。お母さんが寂しくて寂しくてしょうがないからそういうことを言ってるのかもしれないし、僕のために嘘を言ってるのかもしれない。だって、お酒を飲むとお母さんは時々おかしなことを言う。

 僕は気を遣った。

 これ以上お母さんは嘘の話を広げられないだろう。妙な間を開けたくなくて、「ふーん。わかった。それだけ?」と返事をしたら、お母さんはとっても嬉しそうに微笑み、深くうなずいた。お母さんは少量のお酒ですぐに酔う。

 僕は立ち上がり、いつも通りの日常の動きをした。そうすると、たった今聞いたお母さんの寂しい嘘を薄められる気がしたから。嘘はよくないってさんざん言ってたお母さんが嘘をついちゃったことも、なんとなく悲しかった。

 カラカラと音を立ててドッグフードをボウルにあける。お父さんは、ちゃんと座って待っている。

「いいよ」

 合図すると、お父さんは嬉しそうにドッグフードを食べた。いつも通りのお父さんを見ながら、僕は、ほんの少しだけお母さんの言葉を信じてみたいなとも思った。そしたら僕も、お母さんみたいに、元気に明るく過ごせるかもしれないから。

 ◇

夕食後、お母さんがお風呂に入ってる間、僕が座るソファのそばに寝そべっているお父さんに、こっそり訊いてみた。

「お父さん。お父さんは、本当にお父さんなの?」
「ワンワンワン!」
 
 驚いた。すぐにお父さんは大きく3回も返事をして、むくっと勢いよく起き上がり、しっぽを振って僕をじっと見た。

「え? 本当にそうなの?」
「ワン!ワン!」
「じゃあ、証拠は?」
「ワン!」

 お父さんは2階へ駆け上がっていく。僕は急いであとを追った。お父さんは、お父さんの書斎に入っていた。もう倉庫みたいになった書斎。お父さんは、前足でかりかりと戸棚をかいている。

「ここ?」

 引き出しを開けると、なんか古い本みたいのがいっぱいあった。そこにまたお父さんが顔を突っ込んで前足でひっかくから、1つ1つ取り出してみた。

 車の雑誌。女の人の裸の雑誌。汚い字で“日記”と書かれたノート。

 そのノートをお父さんの目の前に出した時だった。お父さんはそれをぱくりとくわえたと思ったら、走って部屋を出ていった。

「あ! 待って!」

 一階に駆け下りるお父さんを追う。リビングに入ると、お父さんは日記を風呂上がりのお母さんの前に、ぽとり、と落とした。

「あら? これ探してたのよ!」
「そうなの?」
「どこにあったの?」
「なんか書斎の雑誌とか入ってる下のほうの引き出し」
「あ! お父さんたら、あんなところに神聖な日記を入れていたのね!」

 お母さんは、数秒呆れた顔をしたけど、「まあ、いいか」と言いながらその日記を開いた。

「ほら。見てごらん」

 差し出されたそこには、『梨花さんと出会った。とても気さくで明るくて可愛い女性。今度、もう一度友達を誘ってボウリングに一緒に行くことにする。』と書いてあった。

「ふふふ。これを、お父さん私に渡してきたのよ」
「日記を?」
「そう。ずっと好きでしたって。告白が上手にできないから、ここに記してある気持ちを読んで欲しいって!」
「クオーン。クオーン」
 
 急にお父さんがいつも出さない甘えるような声を出した。
 
 「ほらね! あの人らしいわ。死んじゃったら犬の中に入っちゃえばいいと思うんだからね!」

 お母さんは笑っている。

 驚きはあった。でも、お父さんの珍しい行動や鳴き声から、不思議な話が本当かもしれないと思い始めたら、希望みたいのがわいてきたところで、お母さんがくすくすと笑いながら喋った。

「寂しいと、すぐにお父さん来てくれて、私の顔をぺろんと舐めるのよ。相談もよく聞いてくれるの……」

 思い出す。そういえば、小さなころからよくお母さんがお父さんに「ねえ、あのさ」って話しかけていた。

「お母さん、嘘じゃないの? 本当なの?」
「みつぐ。本当か本当じゃないかは、大した問題じゃないの。あなたがハッピーになるなら、それが真実なのよ」
「本当じゃないけど、真実……?」
「あなたがそれで支えられるなら、それでいいのよ。どんな不思議なことだって……。私は、そう信じているし、そう信じたから支えられているの」

 公園での決意が緩んだ。お母さんを悲しませないようにと、自分の気持ちを一人で抱えようとした決意が緩んだら、お母さんを頑張って支えようと思ったらできたあの心の周りにできた壁がすーっと消えた。

 そしたら、お母さんの気持が伝わってきた。
 あたたかい気持ちがちゃんと僕の心に届いた。
 
 そのあたたかさは、僕を自由にした。

 お父さんが、お父さんの中に入っている? 
 もしもそうだとしたら、ずっと一緒だった?
 僕は、お父さんにずっと見守られていた?

 信じてみようかと思っただけで、寂しいといつも感じていた心の部分は、あっという間に柔らかなひだまりに溶けてしまった。安心した。だから決めた。僕も、そう信じることに。

「じゃあ、僕、犬のお父さんでもいいや……」

 お母さんは黙って下を向いて、それから僕の目を見て、「人間のお父さんが欲しい?」と優しい声で尋ねた。

 お母さんは、僕の人間のお父さんがいなくて寂しいという気持ちを、既に知っていた。

 お母さんは知っていた!

 言わなくても気づいていてくれた、という事実が、大きな安心になり、僕は安堵からくる大きなため息をついて、ソファーにどかっと座った。そしてすっかりその安心に身を委ねてしまってから正直に話した。

「少しだけ人間のお父さんがいたらなと思ったんだよ。ほら、宿題教えてくれたりするしさ。でも、いいんだ。お父さんがお父さんなら……」
「本当に?」
「犬にお父さんが入ってるのが普通じゃなくても、それが僕をハッピーにするなら、それでいいんでしょう? それが真実なんでしょう? じゃあ今は、お尻をフリフリして歩いて、ドッグフードをカリカリと食べるお父さんがいい。悲しいときは、ペロリと顔を舐めてくれるし、夜はベッドで一緒に寝てくれるし、散歩に毎日行けるし、一緒に走り回れるし、投げた高速フリスビーをパクリとキャッチできるし。お父さんはもふもふで、お父さんは可愛いもん!」

 言い終えると、お母さんは「お父さーん!」って大きな声を出して両手を広げた。お母さんの頬には大粒の涙がポロポロと転げるように落ちていた。もふもふのお父さんはすぐにお母さんのところへ行き、「クオーン、クオーン」と鳴きながらお母さんの顔をペロペロと舐めていた。

 泣いているお母さんを前にしばらく黙っていたけど、国語の授業を思い出して、僕の意見を提案してみた。

「ねえ。週末、海にドライブに行かない?」

 お母さんは泣き顔のまま、だけど笑顔で嬉しそうに、

 「いいわね! 大賛成よ。私ドライブ好きなのよ!」

 と答えた。すぐに大賛成だなんて言うから、驚いた。

「そうなの? 仕事で疲れてるから、週末は休みたいのかと思ってた」
「そりゃあ、疲れているけれど、海までたったの40分よ。そこでリフレッシュしたほうがずっと疲れが飛ぶと思うし。それに、みつぐが中学生になったら忙しくて一緒にどこかに出かける時間なんて作れないわよ。よし! 週末はお父さんとみつぐと3人であちこち出かけましょう!」

 同じ秘密を共有できたからかな? リビングの空気はあたたかく、親密だった。僕は、お母さんと、話し合いが上手にできた。

 ◇

 僕にはお父さんがいる。
 
 一緒に公園で遊んでくれるお父さん。フリスビーを投げたら、パクリとキャッチできるお父さん。

 少し残念なのは、お父さんが日本語を話せないということだ。それでもお父さんは、夜は一緒に寝てくれて、可愛いなって思う女の子の話を聞いてくれる。一緒にいてくれて、話を聴いてもらっているだけで、僕は勇気が出るんだ。
 
 ふふふ! 

 犬にお父さんが入っているのは、もちろん僕らだけの秘密だ。不思議な話だし、およそ理解できないことだけれど。でも信じることで、今、僕らの幸せは創られている。

  ◇

「お父さん! おやすみ」
「ワン!」
 


 


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