うそ子の話5。

彼は、わたしにこう言った。

(なんでこんなところに?)

お互い様だと思った。

窓際に置かれた椅子に座り、

その前に置かれたガラスのテーブルには

何枚かのお札が置かれていた。

(タバコは吸う?)

首を振ると

(やっぱり。

少し話をしない?)

彼は作業着みたいな服を着ているのに

それは礼服。正装かのように、

彼を「きちんと」見せていた。

彼は滑らかに話をしはじめた。

時間はさらさら過ぎて、

私たちはいつの間にか、

ベッドに横並びにすわり、

彼はビールを、わたしは烏龍茶を片手に、

ポテトチップスをつまんでいた。

(不思議だな、きみは。)

(え?なにが?)

(とくに何もしていないのに、
なんだか、こうなった。)

(こうなった??)

彼は急に深刻そうにわたしをじっと見つめた。

(誰かとじっくり話すことなんて、
この先ない。と、決めていた。
こんな風に、お金で誰かを買おうなんて
する気はなかったんだ。
信じてもらえないかもしれないけれど。)

わたしも全く同じ状況だったから
頷くしかない。

(じつは、僕は、出張中で、
なんというか、勢いとか迷いとか、
あと、湧き出した本能的な性欲で
きみを呼んでしまった。)

わたしはまたうなづいた。
なんだから、今の彼になら、
すこしの間、目を瞑っていれば
過ぎてゆく時間に身を任せるような。

彼はわたしにお金を渡した。

(話せて楽しかった。
じつは、とてもこういう事をしているような
そんな立場でも状況でもないけれど、
救われた。
なんだか、会わなきゃならなかったんだな、
君に。)

わたしはお金をうけとって、
ポテトチップスでちょっとだけ
満たされたお腹をさすった。

お腹がグゥっと音を出した。

(ラーメン。食べにいきませんか?
わたし、夜中にラーメン、食べにいったことが
ないんです。
出張の思い出づくりに。)

彼はクククとわらった。
鳩みたいな声で。

彼はガチャガチャしたものを背負いすぎていて
暗くて底無しではないにしろ、
なかなか暮れていかない夕陽を
背負い込んでる。

切なさでむせて
真っ直ぐ見られなかった。

(ねぇ、君は、なにか力があるんじゃないの?)

ビールの2本目がそろそろあくよ。
まだのむの?

わたしは聞いた。

目の前にいたはずのあの人の
シルエットは焼き付いて居るのに
顔が思い出せない。

けれど、わたしは思い出す。

(君に会えてよかったよ)

手のひらで、
お金がカサカサ
くすぐってきた。

(わたし、小説家になるんです。
誰もが知っているような。)

夕陽を背負った人は、
そっと笑った。

(そうなるとおもう。)

(あ、、あなたは、、で、働いてるのね!)

作業着に、かかれた社名をみつけて
それをよみあげたわたしに

彼はしぃーっと言って

また、ビールをあけた。

(いつか、この夜のことを君を書くだろうね)

わたしは、お金をポケットにしまった。

(そして、僕は、必ず、それを読むだろう。

絶対にね。)

わたしたちは、その後

どうやって、サヨナラしただろう。

覚えていない。

けれどそれからすぐ

食べたラーメンは

味噌味で780円。税込。

わたしは1人でスープまで飲み干した。

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