マリーゴールドの扉

マリーゴールドの扉

それはまだ夏には遠く、でも春とも言えない、
なんとも言い難いそんな季節だった。
すこし汗ばむ、半そでのシャツ。
こんなふうにスカートとシャツで出歩くことが久しぶりで、
やわらかいクリーム色の日傘が、アスファルトに反射する。

「お嬢さん、ひさしぶりです。」
そう声を掛けられたのは目的の白い墓地まであとわずかの時だった。
道端のマリーゴールドがきれいだな。なんて思っていた時突然声をかけられたのだ。
「え?」
そういって振り返ればそこにいたのは見知らぬ男性だった。
だれか知り合いだろうか?
自分の頭の中をめぐらせるけれど、誰だか思い出せず、
「えっと・・・・。」と声を詰まらせる。

「お嬢さん、実に数年ぶりではないですか。あの時は一体どうしたものかと思いましたよ。」
その男性は勝手に話しはじめる。
じりじりと照り付ける日差し。
誰?

この白い墓地には年に一度、陽の暑い日にいく。と決めている。
手にはいっぱいのマリーゴールドを持って。
ちいさな黄色い花もそれなりに量を持てば、
さみしくないし、それにこっちの様子だって毎年変わらないということを伝えられる。
わたしはただ眠るだけの364日と、
眠りから覚めるマリーゴールドの1日で1年ができている。

大丈夫、しっかりやっているから。
心配しないで、ね。
そうあの人に伝えるためだ。
ごはんも食べているし、
それなりに笑えているよ。
今日もそう言うための扉を開く。

目の前の男性はいまだに話し続けている。
私は一向に誰だか思い出せない。
繰り返される「お嬢さん」という響きがくすぐったい。
もうそんな年齢ではないのだ。

あの人に会った帰りには古い喫茶店によってソーダ水を飲もう。
のどがカラカラに乾いている。
青い透き通ったソーダ水は私を足元から頭のてっぺんまで満たしてくれるだろう。
わたしは話し続ける男性に会釈をして、
黙ってそこから歩き出した。

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