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エピソード@レストラン

12年くらい前、ある日の仕事を終えた昼頃、当時交際していた男と通りがかった郊外のレストランで食事を摂ろうとなった。

カジュアルなイタリアンの人気店で席はほとんど埋まっていたように記憶している。

店員に軽く案内された先は、出窓から良い光が差す白い壁に、作り付けの長い座り席。1人か2人で使える四角いテーブルが並んでいた。

右端から2番目の席が空いているのが見えた。

座るときにわかるが、隣の席に意外と近い。
ギリギリのパーソナルスペース。

私たちは適当に注文した後、料理を待つ。

右端に、つまり隣に、1人の年配女性が座っていることはわかっていた。

上品な雰囲気で綺麗な白髪は美しく整えられている。70代後半くらいだろうか。
1人での食事を楽しんでいるように見えた。

「2人でお食事、良いですねえ。」

彼女はとても自然な流れで私たちに話かけた。柔らかい表情がとても優しそうだ。

「いえいえ、仕事をしてきたんで、そうでもないですよ。」と私。

すると、
「いえいえ、とても幸せよ。」

なんとなく会話をした後、料理が来た。
隣のおばあさんは、我々に気を遣ったのか
静かになった。

食事も終盤になったとき、隣のおばあさんが
ふうっと、深いため息をついたような気がした。

「(ここの料理)美味しかったですね」

今度は私から話しかけてしまった。

するとおばあさんは言った。

「ええ、美味しかったですね。私ね、実はね、ふふ、今日はね、実はというとね、、あの、、娘の誕生日なのよ。もう20年前に事故で亡くしたの。交通事故でね。それでここにはお祝いに来たつもり。っていっても独りなんだけどね。ふふ。」

私たちは言葉を失う。

「、、、そうですか。」

唐突に飛び込んだニュースに、若かりし頃の私はそんな相づちくらいしかできない。

「お若くして、、、。一体何歳で?」

「27歳だったのよ。」

おばあさんは微笑みながらも、遠い目で、寂しいという表情を隠さなかった。

「え〜、私と同じじゃないですかあ。」

最大の悲しい表情をしておばあさんに同情を寄せたかったのだが、かける言葉も見つからず表情は強張っていただろう。

その時、感じの良い店員が皿を下げに訪れて言った。
「デザートをお持ちしますので少々お待ちください。」

私は、何となく手洗いに行きたくなってしまい、そのタイミングで席を立った。

レジ横に、手作りのアクセサリーがコルクボードにピンで挿されて、ディスプレイ販売してあった。
さっき店に入った時は気付かなかったのだが、おそらく地元の人が作って委託販売でもしているのだろう。

見ると、明るいオレンジ色で細い合皮のストラップで出来たネックレスが2本あった。

一つはトップに、グレー色のとても小さなフォークとスプーンが×(クロス)して付いている。

もう一つはトップに、真鍮(しんちゅう)色の小さくて可愛らしい鍋が付いていた。

2つのネックレスはシリーズのように並んでいた。おもちゃ感がとても可愛くて、私は一目でとても気に入ってしまい、両方買ってしまった。

「あの、、、、良かったらどうぞ。。」

席に戻った後、おばあさんにそれを一つあげた。

初めて会ったおばあさんに、自分の好きな、半分冗談のようなネックレスを突然あげるなんて、狂気の沙汰である。

もらう方はさぞ怖かっただろうと思うが、しかし、その時はそうしてしまった。一気にコミュ障代表になれるくらいの、

恐怖の「どうぞ」である。

「え?本当に?良いの?まあ嬉しい、ありがとう。」

少し照れている私をよそに、おばあさんはやはり上品で素敵な人で、驚きつつも、嫌な顔一つせず、嬉しそうに受け取ってくれた。

娘の誕生日に、亡くした娘と同じ歳の人からプレゼントをもらったおばあさん。

私はその片方のネックレスを気分が乗った時に着けていたが、どうもしっくりこない。

なんだか私に似合わないのだ。

なので眺めるだけにした。大事にして時々、眺めていた。手に取れば、小さなフォークとスプーンが揺れる。

可愛いお鍋の方のネックレスは元気にしてるかな。

壊れていても無くしても良い。こんな小さなこと忘れてくれて全くもって良い。

私がそうしたのは、ただあの時のおばあさんの寂しい目に耐えられなかっただけだ。

そう、おばあさんに何かをしたのでなく、結局自分のために行動しただけのナルシストじゃないか。

娘を持つ母親になった今考えても、あのおばあさんの娘を亡くした気持ちはどれほどか、想像できるが、その悲しみは本人しかわからないだろう。

ただいつかまた同じ事が起きたら、「大丈夫ですよ、見てくれてます。いつも側に居てくれてると思います。」と声を掛けてあげたい。







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