片思い未満

今となっては、大学のコミュニティに一切入っていない私だが、去年の春、新入生の時は少しだけサークルに参加していた。

どんな大学生向けインスタアカウントの投稿を見ても、「サークルの新歓には行くべし」、「サークルは複数入っておくべし」としか書かれていないので、私も例に漏れず2つのサークルに入った。

その一つが、アコースティックギターのサークルだった。

みんなでそれぞれの楽器を持ち寄り、練習したりおしゃべりしたり、また練習してみたり、ゆるーく活動しているサークルだった。

結局、活動日程が生活と合わずに行けなくなってしまったが、私の割にはかなりいいサークル選びをしたと思っている。



4月に入サーを決め、何回か活動に参加して段々慣れてきた頃だったと思う。

その日私は同期の女の子とおしゃべりをしていた。
時間割どんな感じなの?とか、他サークル入ってる?とか、なんてことはない世間話をしていた。
そんな私の耳に、聞き慣れたメロディーが入ってきた。




私の好きなマカロニえんぴつの「キスをしよう」という曲のイントロだった。

原曲も、入りはギターメインのシンプルな演奏なので、アコギ一本の弾き語りでもかなり完成度が高くなる曲である。


このイントロに誘われた私は話すのをやめて、音の方に目を向けた。

そこでは女子先輩1人がギターを演奏していて、まもなく男子先輩1人がそれに合わせて歌い始めた。


私じゃなきゃダメな理由を
10個並べて見せて欲しいんじゃなくて
手を 繋いで
繋ぎ止めておいてほしい


1フレーズにして、おそらく教室中が、先輩の歌声に耳を奪われていたように思う。

私もその中の1人だった。

一目惚れという言葉があるが、一耳惚れという感じだった。

そのあとはもう呆気に取られて先輩の歌声を聞いていた。


突然大勢に見つめられても動じることなく、それどころか自らの世界に周囲を巻き込んで歌い続ける先輩から目が離せなかった。

正直言って曲の途中の記憶はあまりない。
我も忘れて聞き入っていたのだと思う。
そして最後の一節。

ただキスをしよう


このフレーズだけが、しばらく私の脳裏から離れなかった。
文字のまま、まさに心が震えた瞬間だった。

それまではプレイリストの一曲でしかなかった「キスをしよう」という曲を、意識して聞き始めたのはこの日の帰り道からだった。

歌によってあんなにも心を動かされるなんて、驚きであるとともに希望すら感じられた。

「音楽の可能性の広さ」への希望。

そんなものを勝手に感じていた。

歌い終えた先輩はその後、何もなかったかのようにギターの先輩と楽しそうに話し始めた。
1年生の私たちがその会話に混ざる余地などなかった。


帰り道、ギターを弾いていた先輩と歌っていた先輩の間には何かあるのかなあなんてことを考えていた。

もしかしたら私は、あの歌っていた先輩のことを好きになってしまうかもしれないなとも思った。

それは片思い未満の感情だった。



もし私がサークルに通い続けていたならば、その先輩を好きになるなんてこともあったのかもしれない。

だけど実際にはサークルに行けなくなってしまったし、あの歌声を聞いて間もなく、私は別の人と付き合うことになった。

だからあれは片思い未遂。

私が私の中で、ずっと大切にしていきたい思い出。





おわり

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