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10.認める勇気

「私のうつ病ってどのくらいのレベルなんですか?」

この質問ができるようになるまで、私はいったいどのくらいの時間を過ごしたのだろう。

決められた部屋の中で決められた区域内で生活をする閉鎖病棟。自ら閉鎖病棟に入る人もいるらしいが、私はそうではない。自分の人生を終わらせる決意を35回しながらも実行できず、父に連れられ3つの病院で診察を受けたのち、最終的に訪れたメンタルクリニックの先生の指示により強制入院となった私。そんな私は最初の病院でも強制入院している病院でもうつ病の診断を受けていた。普通なら受け入れる方が正解なのかもしれないが、私はどうしても自分がうつ病だとは思えない状態が続いていた。そんな私が、この質問ができるようになったのはあるきっかけがあったからだった。

「もうすぐ退院できるの、彼に会いに行くんだ」

高校生くらいの女の子が私より年上の女性達に嬉しそうに話している。閉鎖病棟内にある食堂スペースでは、耳を傾けなくても会話が聞こえるくらい声の響きが良く、内容も全てわかるくらいに声の通りが良い作りになっていた。一定時間部屋の外から出られる権利を手に入れた私は、しばらくして廊下だけでなく、閉鎖病棟内にある食堂スペースにも行けるようになっていた。食堂スペースとはなっているが机や椅子は簡単に移動できるようになっているので、スペースを広く使ってレクリエーションをする場所としても使われている。ちなみに、私が最初に食堂スペースに行った時は椅子に座ってヨガのような体操をしていた。参加してみる?と看護師さんに聞かれた際には秒で首を振ったが、後々自分がその場所に自ら座りにいくようになるなんて、その時の私は夢にも思っていなかっただろう。

「あの子はね、来週退院なの、これが3回目の正直ね」

短髪で切れ長の目で終始笑顔の女の子は、今回が3回目の入院で、今回は短期入院という形で入っているらしい。実は、看護師さんに詳しく聞いたわけではなく、退院する前の1週間で、私はその女の子と自分の趣味を話すまでに仲良くなって今回の入院の理由を話してくれたのだ。初めて出会った時はまさかそこまで仲良くなるなんて思わなかったし、食堂で話すのが日課になる日がくるなんて入院当初の私に言っても信じてくれない未来だと思う。

「私ってうつ病らしいのね」

女の子が退院する前日、今まで自分の病気の名前を話していなかったが、なんとなくの会話の流れでうつ病と診断されたことを打ち明けた。すると女の子は何も変わることなく、「私はパニック障害だよ」とうつ病である私に対して表情を変えることなく自分の話をしてくれた。その流れで私は、自分がうつ病と診断されているものの、自分でうつ病と認めてないこと、私はうつ病じゃないからすぐに退院できると思うということ、私はうつ病じゃないからここにいるのはおかしいんじゃないかということ、そして、うつ病を認めた方がいいのかということを立て続けに女の子に問いかけた。もちろん、女の子は先生じゃないし、むしろ私と同じ患者という立場であるし、答えが聞けるわけじゃないのもわかったうえで聞いてみたのだ。

「うつ病って認めない限り、退院はできないんじゃないかな」

女の子の言葉に私ははっとした。これだけいろんなクリニックでうつ病と診断されて、入院している先の先生にもうつ病と診断されて、自分だけうつ病と認めないのは私が間違ってるというよりは、そもそもうつ病じゃないと考えること自体が間違っているのではないかと。私はその日、いつもより深めに睡眠がとれた。その日の夜、私は初めて自分のことを考えずに朝を迎えた。何も考えずに眠りについた。うつ病について考えることだけをしてきた夜だったのに、その日は何故か心地良く眠れたのを今でも覚えている。

「私のうつ病ってどのくらいのレベルなんですか?」

この質問ができるようになるまで、私はいったいどのくらいの時間を過ごしたのだろう。そして、この質問をして、こんなに先生が驚いた表情をしたのも我ながらびっくりしてしまった。看護師さんに自分がうつ病ではないのではと話しているのと同様、先生にも同じような質問や返答を求めていたので、私が「私のうつ病」という自分でうつ病を認めるような発言をすることに驚いたんだと思う。先生はいつもよりも長めに私の病室にいてくれた。それは、今まで説明できなかった私のうつ病のレベルを丁寧に話してくれたからだ。そして、先生は少し悟ったように見える表情で私に言った。

「うつ病を認めてくれてありがとう」

もしかしたら、先生は私が完全にうつ病を認めたと思っているわけではないかもしれない。それでも、入院してから初めて私は自分自身の病気について向き合う勇気を出したんだと思う。そして、あれだけ認めなかったうつ病を「私のうつ病」と表現したことに、先生はありがとうと言ったのかもと今になって思う。

その次の日から、私は今までとは違う治療を受けることになった。食堂スペースでのレクリエーションに参加するようになったし、薬も少しだけ変わった。今までの行動範囲も少しずつ増えて、看護師さん同伴で病棟の外で散歩できるようになるまでなっていった。うつ病と認めることで、こんなにも世界が広がるなんて思わなかった。それに、完全に認めたわけではなかったけど、自分がうつ病であることに向き合うきっかけとなった女の子の言葉は胸に大切に留めていようと決意した。


ちなみにですが、私のうつ病レベルは、重度でした。

先生が言うには、かなりの重度だそうです。


次のお話は、【11.外の世界とは】です。ここまで読んでいただきありがとうございます。

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