見出し画像

2.ここはどこ

「お名前言えますか?教えてほしいんですけども」

私がいる場所は、屋上に行くための外階段。私はまだここにいる。ここというのは、生きているという意味でのここ。今日も私は自分の命を止めることができなかった。実際は35回目だったけど、まだ10回目くらいに思っていた。同じルーティーンでしか生きられないというよりは、同じルーティーンでしか行動できないくらい、私は家の外に出ることができない状態だった。それは俗に言う、引きこもりだったのかもしれない。当時の私の感覚で言えば、自分の部屋から出ると何か悪いことが起こるのではないか、これ以上悪いことが起きてほしくない、そんな思いで部屋から出なかったんだと思う。それでも、自分の人生を終わらせる行動をするためなら、迷わず自分の部屋から出ることはできた。今日も私は、ぶ厚い生地のハーフパンツを履いている。

「お名前を言ってくれないと困るんですけどね」

私に話しかけているのは、刑事ドラマで見たことのある警察官の格好をしている2人組。1人はひたすら私に話しかけている。もう1人は無線で何かを話しているみたい。無線から何か声が聞こえてるの間違いかもしれない。おそらく私は通報されたのであろう。屋上で何やら不審な動きをしている人がいるとか、そういう類の内容で警察を呼ばれてしまったんだろう。

「もう20分経ってるんですよ、朝も早いですし、そろそろ名前教えてくれませんか」

「今時間どのくらいですか」の私の問いに警察官は答えてくれた。私はどのくらい時間が経ったのかを聞いたんじゃない。今何時何分かを聞きたかったのだ。でもこの場合は警察官の答えが正解なんでしょうね。その後、どのくらい経ったかわからないけど、とりあえず私は名前を言えて、警察官と一緒に自分の家まで帰った。帰ったというよりは連れていかれたに近い。私が部屋に入ると、父が警察官と何分か話をして家がまた静かになった。父はおそらくこの時に、私を精神病院に入院させることに決めたんだろう。

「もう少ししたらお昼ご飯の時間なので待っててくださいね」

私がいる場所は、ここは、いったいどこなんだろう。窓や鏡はない、エアコンはあるけどリモコンはない、ベッドは真っ白で、トイレが付属で付いている。ぶ厚いドアには頑丈な鍵と柵が付いている。さっき来たばっかりの精神病院から一歩も出てないことはわかっている。おそらく私は、ここに当分いることになるんだろう。「ご飯が出るんですか」と話しかけようと思ったけど、私をここに連れてきてくれた看護師さんはいなかった。質問できるタイミングも時間も十分にあったと思うが、当時の私は口から言葉が出ない状態だったんだと今になって思う。

そういえば、ご飯はもう何日も食べてなかった。


次のお話は、【3.食べるということ】です。ここまで読んでいただきありがとうございます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?