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【小説】夜空に夢を

二番目に完成したボリュームのある小説。ボリュームのあるものとしては初めて。元となる自作詩があり、それを発展させて書きました。確か、18、19歳ぐらいに書いた小説だったと思います。何か誤字などありましたら、ご指摘ください。(約18,134文字)

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音のしない部屋で一人、ぼくは工作に励んでいた。
「おかあさん、ハサミない」
ペンギンとゴリラさんのシールが貼ってある四段の引き出しを次々と開けた。一番上は薬、二番目はインク、三番目はプラスチック、四番目はお母さんの匂い。
 「またなの、ひろし。しょうがないわね」とおかあさんがエプロンで手を拭きながら飛んでくる。
 「昨日までここのどっかにあったはずなのにな」おかしい。ちゃんとここにしまったはずなのに。
 お母さんは困った子ね、という顔をしている。「もう、お片づけはちゃんとしなさいっていつも言ってるでしょ」
 「ごめんなさい」
 昨日『月刊ひまわり五月号』付録【誰でもできる怪獣ハンググライダー】を作るときにハサミを使って、完成させると引き出しにしまったはずなのに。
 「かわりにおかあさんの黒いハサミ貸してあげるから」とおかあさんは茶の間のタンスから大きい黒いハサミを持ってきて、ぼくに手渡した。「もうなくさないんだよ」
 「おかあさんのハサミいやだよ。だってぼくには使えないもん」
 「左手で使えばいいでしょ」
 「はぁい」
 おかあさんはぎっちょ。だけど、ぼくは右手ではしを持つ。おかあさんのハサミが使えるはずはない。いやだ、使いたくない、もしぼくがおかあさんに向かってそう言ったら、おかあさんの左手が飛んでくる。おとうさんはおかあさんの「ぎっちょな所」にほれたらしい。大人の世界がわからない。
 しょうがなく、枝切りバサミを使うように両手でぎっちょのハサミを使いながら、切りとり線を切った。工作はなによりも楽しい。大きくなったら大工さんみたいな仕事がしたい。きっと特別なハサミと特別なのりを使って家を作るんだろうな。楽しみだ。
 ここが「のりしろ」。いっぱいのりをつけすぎてもいけない。スティックのりでもいけない。薄くのりをつけていくことが大切だ。工作はひとつひとつの作業を丁寧にやることによってすばらしいものができる。仕上げにおとうさんからもらったヘラを使えばバッチリだ。そして折り目にしたがって折る。もう慣れたもんだ。
 工作のやり方はほとんど、おとうさんに教わった。おとうさんは休日になると、必ずどこかに連れて行ってくれる。先週は遊園地、その前は動物園。おとうさんには変わった癖がある。観覧車に二人で乗ると、「いいかい、この観覧車を作った人の気持ちを考えながら乗るんだぞ」とかジェットコースター乗ったときも「このジェットコースターが出来るまでにいろんな人が実験を繰り返したんだよ、僕達はそれを忘れてはいけないよ」とか言う。ふうん、とぼくは少しだけ考えるんだけど、めんどくさい。おとうさんはそれをいつも考えているのか、いつもポケットに巻尺やメモ帳を入れている。
 雲に隠されていた太陽さんがぼくに向って、微笑む。だけど、今は工作中、太陽さんには悪いけど、カーテンを閉めに行った。すると、窓の向こうに人が立っていた。
 「よお、ひろし」友達のかずひろ君がビニール袋を持ちながら、ぼくに手を振った。
 「こんにちは、かずひろくん」かずひろ君はクラスの友達だ。
 「今、遊べる?」
 「遊べるよ」
 「じゃあ、ここ開けてくれないか」
 「ちょっと待ってて」ぼくは勢い良く窓を開けた。かずひろ君がのそっと入ってくる。「どうして普通に玄関から入ってこないの?」
 「だってさあ、窓から入ってきたほうがすごい仲良しっぽくない?」
 「そうかな。でもそんなことしなくてもぼく達二人は仲良しだよ」
 「そうだな。あはは」とかずひろ君はとっても楽しそうに笑っている。「ところでさあ、これなんだけど・・・」かずひろくんはビニール袋から『月刊ひまわり五月号』を取り出した。
 「これ、ぼくも持ってるよ。ほら、あそこ」そういって引出しの上にある『月刊ひまわり五月号』を指さした。
 「あのさあ、ふろくの怪獣ハンググライダー作ってくれないか? 一生のお願い!」そういってかずひろ君は手を合わせて、ぼくに頭を下げた。
 「いいよ」
 「本当か!? ありがとう! ひろしとは一生の友達だぜ」そう言ってかずひろ君は【誰でもできる怪獣ハンググライダー】のページを開いた。
 「よし、まかせて」
 「ありがとうな、恩にきるよ。なにかあったら、オレにまかせとけ。悪いやつはオレが退治してやる」かずひろ君はいつもどおり、ぼくにむかって力コブをつきだした。でも、ぼくのほうが力コブは大きい。だけど、それは秘密にしている。かずひろ君のメンツがつぶれるからやめなさい、っておかあさんが左手の人差し指をつき出しながら教えてくれた。メンツの意味はわからないけど、おかあさんが左手の人差し指を突き出しながら言うことは守ったほうがいい。おじいちゃんの家の木登りで鍛えたぼくの力コブも笑っていた。
 「あれ?」よく見ると、【誰でもできる怪獣ハンググライダー】は作りかけだった。山折りの部分が谷折りになっていて、山折りの部分が切られている。「これ、かずひろ君が?」
 「実は、」かずひろ君は頭をかいた。「作ろうと思ったんだけど、山とか谷とかわけわかんなくてよ」
 「うーん」ぼくも頭をかいた。「山折りっていうのはその線をでっぱらせるように折って、谷折りっていうのはその逆だよ」
 「ごめん、ごめん。とにかく作ってくれないか」かずひろ君はまた頭をかいた。
 まずは切られている山折りの部分をセロハンテープで止めようと思った。ペンギンとゴリラさんのシールが貼ってある四段の引き出しを開けた。
 ない、どこにもセロハンテープはない。「おかあさん、セロハンテープ知らない?」
 濡れた手をエプロンでふきながら、おかあさんが飛んでくる。
「なに? どうしたの? あら、かずひろ君久しぶりね。いつもひろしがお世話になってるわ。あら、すごい力コブね。ひろしのおかあさんにも見せて。あら、すごいわねー。うちのひろしなんか工作ばかりやって家に閉じこもってるから、うでも細くて細くて・・・。ひろし、少しはかずひろ君を見ならいなさい。木登りとかいっぱいしなさい。あらいやだ、なんで木登りなんでしょ。おほほほ。ところで、ひろし、なに?」
 おかあさんはおしゃべりだ。たまにドジをやる。「おかあさん、セロハンテープ知らない?」
 「セロハンテープ?」おかあさんは左上を見た。「なんでおかあさんがセロハンテープ知ってるのよ。もう、この子ったら。さっきハサミもなくしたのよ、かずひろ君。どう思う?」おかあさんはかずひろ君のほうを見た。
 かずひろ君は戸惑いながら、「いや、まあ、ぼくたち子供ですから・・・」と言った。
 「まあ、そうね。まだひろしは子供ですもんね。それに比べてかずひろ君は立派なもの。うん。まあ、ひろしのことめんどう見てやってくださいな」
 かずひろくんはうなづいた。
 「じゃあね、かずひろ君。また遊びに来てくださいね。バイバイ」おかあさんはかずひろ君にむかって手を振った。
 かずひろ君はさすがにびっくりしたようだ。「あの、ぼく、遊びに来たばかりですけど・・・」
 「あらごめんなさい。失礼して・・・おほほほ」そういっておかあさんはキッチンのほうへ行った。
 「おかあさん! セロハンテープ」おかあさんを呼び止めた。
 「あら、そうだった。ちょっと待って、」そう言い、茶の間のタンスからガムテープを持ってきた。「はい、セロハンテープ」
 これガムテープ、とは言えなかった。もうおかあさんの奇行はたくさんだ。おかあさんはこんどこそキッチンへ消えて行った。
 かずひろ君はおかあさんが出て行くのを確認してから、「ひろし君のおばさん、変わってるね」と言った。
 これに始まったことじゃない。こういうときは、いつもこう言うことに決めている。「おかあさん、右脳型人間だから」
 「ウノウ?」
 「えーと、右のほうの脳でイメージを考えるところらしいよ」
 「なんだかわからないけど、まあいいや。とにかく早く作って!」
 「ガムテープでいい?」ガムテープを持ち上げた。
 「・・・いいよ。ハンググライダー飛ぶ?」かずひろ君はにが笑いしてる。
 「たぶん」
 【誰でもできる怪獣ハンググライダー】は怪獣の形をしたハンググライダ―にヒーローが乗って空を飛ぶというもの。どうして怪獣の形をしたハンググライダ―にヒーローが乗るのかは、低学年のぼくには理解できない。きっと大人になればわかるんだろう。おかあさんが、「大人になったらいろんなことがわかるわ。でも大人になってもわかんないこともあるのよ。おかあさんもわかんないことばっかり。そういうときはおとうさんに聞きなさい。おほほほ」って言ってたから。
 山折りの部分をガムテープで止める。ガムテープはあまりかっこのいいものじゃない。次にそこを山折りにし、谷折りの部分を谷折りにする。さらに、のりしろの部分にヘラで丁寧にのりを薄くぬる。そして、設計図どおりに組み立てる。
 「かずひろ君、できたよ」
 「えっ! もう?」
 「こんなの簡単だよ。あとはこのハンググライダ―の羽のビニールを取りつければ完成だよ」
 「よおし、」かずひろ君は両手をチョップの形にし、斜めにして、こめかみにあてた。「ひろし様。羽をおつけになってください」と頭を下げた。
 丁寧に羽をつけた。光がキレイに反射するようピンと張り、怪獣ハンググライダ―を持ち上げた。ぼくの作ったハンググライダ―より重いような気がする。気のせいか・・・。「出来たよ、どうぞ」
 「サンキュー。さっそく飛ばそうぜ。ひろし、三階行こうぜ」かずひろ君は親指を上に突き上げた。ぼくも自分のハンググライダ―を持っていた。
家は三階まである。二世帯住宅だ。三階はおかあさんのおとうさんとおかあさんが住んでいる。つまり、ぼくのおじいちゃんとおばあちゃん。
 キッチンを通らなくては階段に行けない。「どこ行くの?」おかあさんは目を抑えながら玉ねぎを切っていた。
 「ちょっと三階」
 「何しに行くの?」
 「ぼくの自慢のおじいちゃんとおばあちゃんを見せに」
 「あらそう、よかったわね。遅くても五時までには帰ってきなさいよ」
 「おかあさん。外に行くわけじゃないんだから」
 「まあ、そうだったわね。おほほほ」
 かずひろくんは言った。「ひろし君のおばさん、変わってるね」

三階に上がると、おばあちゃんもキッチンに向かって何かを作っている。甘い匂いがする。
「かずひろ君、久しぶりだね」かずひろ君はおじぎをした。
 「ベランダ借りていい? このハンググライダ―を飛ばしたいんだ」
 「どうぞ、どうぞ」にっこり笑ったおばあちゃんがベランダのほうに手招きして、ベランダの戸を開けた。
 「うわあ、綺麗な夕焼け!」かずひろ君は目を輝かせて、はしゃいだ。
ぼくはだまってうなづいた。「さあ、飛ばそうか。まずはぼくから」
 ハンググライダーを飛ばす、真っ直ぐ飛び、数々の家を越えた。楽しそうに、気持ちよさそうに飛んだ。そして、学級委員長やまだ君の犬小屋の前に落ちた。
 かずひろ君は人差し指と親指でハンググライダーの腹を握った。そしてゆっくりと後ろに振りかぶった。自慢の力コブを突き出し、夕焼けの空に向かってスイングした。ハンググライダーは夕焼けに飛び立った。
 「ああああ」二人一緒に叫んだ。
 ハンググライダーは大きく左斜めのほうへ旋回してしまった。
 「おい、ひろし。どうしてだよ!」かずひろ君が怒鳴った。ハンググライダーはまだ飛び続けている。
 ガムテープ、とは言えなかった。ガムテープ製ハンググライダーはストンと真下に落ちると思ってた。それでもぼくが悪い。真下に落ちると思って作ったんだから。でもハンググライダーは左斜めの方角に飛んでいった。
 「見ろ。ハンググライダー、お化け工場のほうに行ったぞ」
 お化け工場。それはお化けが出るんじゃないかってぼく達が噂している工場。昼間は何も物音がしないのに、深夜になると、もくもくと煙を出してガチャンガチャンしてる。おまけに工場の周りをバリケードでぐるぐる巻きにしてるから入ることさえできない。なんと入り口もない。人間が入れないから、お化けが何かしてるんじゃないかって噂してる。
 かずひろ君はお化け工場を見ながら、つぶやいた。
 「ああ、お化け工場入っちゃった。きっとあれも部品になるんだろうなあ」
 「部品?」
 「そうだ。お化けはあれを改良して、大きいハンググライダー作るんだ。きっとミサイルとか爆弾とかいっぱい、積むんだぜ」
 そんなわけないじゃん、とは言えないから「そうだね。かずひろ君の想像力すごいね」と言っておいた。
 「へへへ。これでも将来はみんなのヒーローになるんだぜ」
 「そっかあ。悪い人が来たらぼくを守ってね」
 「おお、まかせとけ」かずひろ君はげんこつで胸をたたいた。でも、おもいっきりたたいたようで、ゴホゴホ、いってる。未来のヒーローが不安だ。
 そんなとき、おばあちゃんがぼく達のほうへ来て「ひろし、かずひろ君、アップルパイ焼けたわよ」と言った。
 グットタイミング。かずひろ君は機嫌が悪くなると、自慢の力コブを見せながら暴れだす(たぶんケンカしたらぼくが勝つけど)。それにあのガムテープ製ハンググライダーを作ったぼくにもいちおうの責任はあるわけで、ぼくの作ったハンググライダーが取られるかもしれない。だけどそれは、いやだ。悪いけどかずひろ君にはアップルパイと引き換えにハンググライダーをあきらめてもらおう。
「ひろし君のおばあちゃん、アップルパイおいしいね!」かずひろ君はむしゃむしゃとアップルパイをほうばっていた。「ほら、ひろし。ひろしの分も食べちゃうぞ」
「べつにいいよ、食べても」
「本当か。恩にきるぜ。うん、うまい、うまい、最高」
ぼくが作ったハンググライダーにくらべたら、安いもんだ。かずひろ君はそのあと、「眠くなった」とか言って帰っていった。口のまわりを舌でペロペロしながら。

「おかあさん、かずひろ君帰ったよ」
「あらそう、ところでこのカレー味見してくれない?」
カレーの入ったなべのところまで行った。カレーの匂いはしなかった。なべを開けると、カレーの色じゃないカレーがぐつぐつと煮えていた。大きいスプーンでカレーをすくって、ふうふうし、舌でなめた。
「味薄いよ」
「あらそう」
「このカレー、なんのルー入れてるの?」
「ルー? ・・・あっ、ルー入れるの忘れてた」
「まったく。おかあさん、どこにルー入ってるの?」ぼくは冷蔵庫にトビラを開けた。
「ルーね・・・買ってないわ。ひろし、買ってきてちょうだい」
「はいはい」
まったく。具ができあがってるのにルーを入れない主婦がどこにいるんだ。しかも買ってないなんて。やれやれ、今日のカレーはお茶漬けになるかも。
外へ出ると、太陽さんの頭がちょこんと出てた。「わぁ、キレイ」と言うと、太陽さんは頭を隠してしまった。きっと、恥ずかしがり屋なんだろう、ぼくも太陽さんも。
買い物に行くついでに、さっき飛ばしたハンググライダ―を取りに行くことにした。やまだ君の家はけっこう大きくて目立つ。やまだ君の家の犬小屋の前に行くと、バウ(やまだ君の愛犬)はそのパンググライダーをくわえて渡してくれた。バウはブルドックのくせに利口だ。
スーパーへの路地を歩いていくと、お化け工場の煙突が見えた。まだ煙は出ていない。友達の話では、金髪のおねえさんがテレビに出てる時間に煙が出ていたらしい。金髪のおねえさんのテレビってなんだろう。テレビではその金髪のおねえさんが車にラクガキばっかりしてた、って友達が言ってた。車にラクガキするのはいけないことなのにな。金髪の人はしてもいいのかなあ・・・。
スーパーは相変わらず混んでいた。おそうざい売り場ではおばちゃんが腰を曲げてペタペタと値下げシールを貼っている。そのおばあちゃんがぼくを見て言った。
「あら、ひろしくんじゃない?」
誰だろう? 見覚えがない。おかあさんの友達でもないしなあ。そんなときは、おかあさんにこう言うようにしつけられてる。
「こんばんは。いつもお世話になっています」
その人はビックリした顔をして、
「まあぁ、お行儀いいわね。うちのかずひろにも見習わせなきゃ。うちのかずひろがいつもお世話になってます。今日も遊んでくれてありがとう」
ほら、おかあさんの言ったことは正しい。かずひろ君のおかあさんだ。
「いえいえ、ぼくがいつも遊んでもらってますから」
「まあぁ。そうかしら、おほほほほぉ」
なんて、世渡り上手なんだ。おとうさんみたいにはならないぞ。たぶん、ジョウゲカンケイとかケイゴとかぼくは得意だろうなあ。おとうさんはそれがイヤだっからこんなに稼ぎが悪いのよ、っておかあさんが言ってた。
「カレーのルーが売ってる場所はどこでしょうか?」
「ルーはあのお菓子売り場の隣よ」と指を差し、「おつかいとは感心ね。うちのかずひろにも見習わせなきゃ。こんな時間にルー買うなんて、ずいぶん、ひろし君のところご飯遅いのね。おかあさん働いてるっけ?」
ルーを入れ忘れたましたんで、なんて言えない。「ええ、まあ。おかあさん、仕事忙しいんです」
「そうなの。感心ね。うん、じゃあ、おばちゃんはまだ仕事あるから、このへんでね」とかずひろ君のおばさんは言い、また値下げシールをペタペタ貼りに行った。

ルーをおかあさんに渡した。夕食は無事、カレーを食べることができた。おとうさんは「いつもと味が違うな」と言った。すると、おかあさんは、「今日はインド風カレーなの」と言った。
「インド風?」
「お口に合わないかしら?」
「いやいや。おいしいよ。キミは結婚したときよりずいぶん料理うまくなったな」
「あら、新婚のときは何食べてもおいしいって言ってくれたじゃない」
「違う、違う。新婚のときよりも、もっとおいしくなったって意味だよ」
「口、うまいんだから」
「本心だよ」
「嬉しいわ」
 うちの親は仲がいい。でも、おかあさんはたまにおとうさんの悪口をいう。けど、おかあさんはそれを、主婦の権利よ、っていう。ケンリ? って聞くと、ひろしにはまだ難しいわね、って言う。世の中は難しいことだらけのような気がする。
 おとうさんはおかあさんの悪口を言わない。どうして? って聞くと、おとうさんはいつも、おかあさんはぎっちょだから、っていう。世の中は難しいことだらけのような気がする。
ご飯の後で、おとうさんにこっそり聞いてみた。
 「今日のカレーおいしくなかったでしょ?」
 「どうして? おいしかったじゃないか」
 おとうさんは、味覚オンチなのか本当にそう思ってるのかわからない。いつかまた遊園地行ったとき、おとうさんの本心を聞こう。
 その後に、洗いものをしているおかあさんと話した。
 「今日のインド風カレーおいしかったしょ?」
 「あれ、ひどいよお。おとうさんがかわいそうだよ」
 「あら。おとうさん機嫌よかったじゃない。こういうのを怪我の功名っていうのよ」
 「ケガノコウミョウ?」
 「そうねえ・・・庭にクルミをこぼしたら、リスさんが来た。みたいなものかしら」
 「よくわかんない」どうしてクルミをこぼすのか、どうしてこの都会にリスがやってくるのか、子どものぼくにはわからない。

部屋に戻り、ぼくの作ったハンググライダーを見た。カンペキだ、と思った。そして、丁寧にハンググライダーをぼくのまくらの近くに置いた。「明日も、学校でしょう。早く寝なさい」とおかあさんの声がしたので、電気をひとつにして、目を閉じた。

「今日も、学校でしょ。早く起きなさい」
おかあさんのよく通る声で目が覚めた。歌もうまい。「津軽海峡冬景色」が十八番だ。目を閉じれば自然に津軽海峡の景色が浮かぶぐらいうまい。本物の津軽海峡は見たことないけれど。
「あと五分」おとうさんの口グセをマネしながら、また目を閉じ、ぼくのハンググライダーに手をやった。この羽の張りがすばらしい。ピーンと。そして、ずれなくはってあるノリ。そう、このガムテープ・・・。ガムテープ? ぼくのハンググライダーにはガムテープはつかっていないはずなのに。
五分もたたないうちに、目を開けてハンググライダーを見た。なんということだろう。ハンググライダーは二つある。一つはガムテープ製のハンググライダー。二つめは間違いなくぼくの作ったハンググライダー。どうして、かずひろ君のハンググライダーがここにあるんだ?
「おかあさん、どうしてハンググライダーが二つここにあるの?」
「えっ? ひろしが作ったんじゃないの?」
「だったら、おかあさんに聞かないよ。おとうさんはまだ寝てる?」
「何いってんのよ。おとうさん、もう仕事よ」
「えー早いね」
「そうよ。今日は大事な会議あるらしいから」
会議・・・。そうだ、ぼくにも大事な会議がある。早く学校に行かなきゃ。
「おかあさん、今、何時?」
「七時半よ」
会議は学校で八時から。今は七時半。学校までは歩いて十五分。ぼくの学校行く準備は八分。引き算だ。
「おかあさん、七分で食べれるご飯、早く用意して」
「とにかくパジャマきがえて、早くテーブルにいらっしゃい」
 ちゃんとした服にきがえて行くと、テーブルに載ってるのはおかあさんの得意料理『カレー茶漬け』だった。
 この料理は前の日、残ったカレーをお湯でうすめ、グチャグチャにかきまわして食べるものらしい。味はともかく、すぐ用意できて、すぐ食べれる。味はともかく。
 「ごちそうさま。いってきます」
 「あら、早いわね。いってらっしゃっい」
 今日の天気はくもり。昨日、あんなにキレイな夕焼けだったから、きっと太陽さんが疲れちゃったんだろう。すずめがチュンチュンないている。でも、太陽さんが出てるときよりは元気に鳴いてない。すずめたちも太陽さんが好きなんだ。今日の歩くスピードは遅い。
 時間どおり八時に学校に着くと、もう教室には会議のメンバーがいた。おぐら君、やました君、すずき君、そして隊長のかずひろ君。かずひろ君が指差して言った。
 「おい、ひろし、遅いぞ」
 「だって八時集合でしょ?」
 「ばかもん。五分前行動が原則だ」
 「すいません、反省します」こういうときはあやまるのが一番だ。
 かずひろ君の子分、おぐら君が言った。「まあまあ、ひろし君もあやまってるみたいだし・・・ここはぼくの顔にめんじて許してやってください」
 「そうか、そんなにおぐらが言うなら今日のことはなかったことにしてやろう」
 「ありがとうございます」
 「仏の顔も三度までだぞ」
 まったく。かずひろ君は人がいるところじゃすぐいばりたがる。それでかずひろ君がどうしようもなくなったら、「おい、ひろし。一生のお願いだ」ってくるんだから。もう。かずひろ君は何回死んでるんだよ。
 「隊長、お化け工場侵入の件ですが・・・」おぐら君は言った。
 お化け工場侵入? そんな話、一度も聞いていない。
 「うむ。」かずひろ君はあごを引いた。「今日の夜、決行する。夜12時にお化け工場近くのスーパーに集合するように」
 はい、と三人が声を揃えて言った。
 「じゃあ、解散」とかずひろ君は言い、みんなはそれぞれの席に戻っていった。
 首をひねりながら、席に戻ろうとすると、かずひろ君が肩をポンポンとたたいた。
 「さっきはごめんよ」
 「べつにいいよ」
 「みんなにいい顔したいからさ、な」
 「わかってるって」
 「それでさ、今日の夜十二時にスーパーの前に来てくんない?」
 「夜十二時って・・・簡単に言わないでよ。おかあさんに怒られるよ」
 「まあ、そこをなんとか・・・さ。抜け出してきてよ、ね。一生のお願いだからさ」
 「じゃあ、なんとかするよ。もし、行けなかったらごめんね」
 「ほんとか! ありがとう、やっぱひろしは一生の友だな」
 そういうことで、お化け工場に侵入することになった。迷惑な話だ。
 
 今日の五時間目は道徳の時間。先生は女の先生。給食のあとはいつも眠い。だけど、先生が好きだから、一生懸命聞くんだ。
 「みなさん、いいですか。今日はみんなのおとうさんの仕事を話してもらいます」
 「はーい!!」ぼくも、はあい、と言う。
 「じゃあ、出席番号順でいきましょう」
 一部が、えー、と言う。でも、先生は強いからそんな意見は聞かない。ラッキーなことにぼくの出席番号は後半だ。
 「じゃあ、あいかわ君」と先生があいかわ君のほうを見た。そして、あいかわ君があわてて席を立ち、ゆっくりとしゃべった。
 「ぼ、ぼくのおとうさんは美容師です。おとうさんは髪を切るのが仕事です。ぼくがまだ子供のころ・・・って言ってもまで子供なんだけど・・・あはは。ぼくが小さいころ、よくこういう、なぞなぞを出してくれました。“ある人がお店に行きました。でも、その人は商品を置いて行って、さらにお金を払っていきました。さて、そのお店とは何でしょう?”って。みんなわかる? 答えは美容院です。そして、商品とは髪のことです。ええと、ええと・・・。そんなおとうさんで良かったな、って思うことは、ただで髪を切ってもらえることです」
 「素晴らしい話ね。私もこんど、あいかわ君の美容院行ってみようかしら。じゃあ、次はいいだ君、お願いね」と先生がいいだ君のほうを見た。
 「ぼくのおとうさんは、いません。ぼくが一歳のとき、交通事故で死んでしまいました。おとうさんの顔はおぼえていません。だけど、写真とか見ることはできます。うちの家族はおかあさんと高校三年生のおねえちゃんとぼくの三人家族です。おかあさんは、昼はスーパー。夜はレストランで働いてます。おねえちゃんはマクドナルドで働いてます。ふだんは、おねえちゃんが家事をするけと、おねえちゃんは受験勉強で忙しいです。だから、ぼくが一生懸命、家事とかをして、おかあさんとおねえちゃんを助けたいと思います」
 「いい話ね・・・。先生、泣けてきました」先生はポケットからハンカチを出して、目をおおっていた。
 いいだ君は、すごいな、と思った。今、おとうさんがいなくなったら何が出来るだろう。家事はできるだろうか。何も知らないおかあさんと二人でくらすことはできるだろうか。たぶん無理だな。急に不安な気持ちになってきた。
 「ごめんね、涙が止まらないわ・・・。ちょっと失礼します。静かにしていてね」そう言って先生は廊下に出て行ってしまった。ふと、考えた。お父さんのなんの仕事をしてるんだろう。おとうさんの仕事を知らなかった。どうしよう、このまま先生、戻ってこなかったらいいな。
 先生は五時間目が終わるまで戻ってこなかった。帰りの学活には変わりのジャージを着た先生が来て、もう帰っていいよ、みたいなことを言ってた。ぼくらは家に帰った。でも、かずひろ隊長のグループは残ってたみたいだけど。
 
 「おとうさんはなんの仕事してるの?」
 「なんでそんなこと聞くの?」
 「明日の道徳で発表しなきゃいけないの。お父さんの仕事の話」
 「仕事を? うーん、そうねえ。役所に勤めてるわ」
 「ヤクショ?」
 「国のために働く立派な仕事よ」
 「もっと細かく教えて」
 「そうねえ・・・。おとうさんに聞いてみて」
 おかあさんはごまかした。何か秘密があるのかな。まあ、おとうさんに聞いてみよう。そして、お化け工場侵入作戦の用意をした。約束したものは守る。これがポリシーだ。
 午後六時になると、おとうさんが帰ってきたので、玄関に飛んでいった。
 「ただいま」
 「お帰りなさい」とぼくはおとうさんのカバンを持った。重かった。「ねえ、おとうさんの仕事ってなに?」
 「仕事かい? そうだね・・・おとうさん疲れてるから、ご飯を食べてからゆっくり話そうか」
 「わかった」
今日の晩ご飯はチャーハンだった。おかあさんの得意料理だ。おかあさんは、簡単なものが得意料理。
玉ねぎが固かったけど、おかあさんの作る料理のなかではおいしいほうだ。それでも、おとうさんは「おいしいね、さすがだよ。特にこの玉ねぎ。歯ごたえがいいね」とか言ってた。
ご飯が終わると、ぼくとおとうさんは二人で三階のベランダに行った。
「ひろし、寒くないかい?」
「平気だよ。おとうさんは?」
「大丈夫だよ。たまにはこうやって夜風にあたるっていうのもいいもんだな」
この後、こっそり家を出ること思い出した。
「そう、そうだね。たまにね」
「ひろしは星、好きか?」
「うん」夜空を見上げた。ポツポツと星が輝いている。
「ここの家から見える星と、おとうさんのおじいちゃんの家から見える星、どっちが好き?」
「そうだね、」去年の夏を思い出した。「やっぱりおじいちゃんの家かな。だってすごくキラキラしてるもん」
「ここの星はキラキラしてないの?」おとうさんもぼんやりと夜空を見上げた。
「キラキラしてるけど、ずこくキラキラしてない。おじいちゃんの家のほうが本物って感じする」
「本物か・・・」
おとうさんはなんだか、落ち込んでるみたいだった。結局、仕事について聞くのを忘れてしまった。 
 
 夜九時になった。
 「もう寝なさい」とおかあさんが言った。
 ふとんから手をだけを出して、振った。でも、ここで寝るわけにはいかない。かずひろ君たちとの約束があるからだ。かといって、仮眠もできない。おとうさんは仮眠が得意だけど、なかなかできない。この間、夜遅くに見たいテレビあったから仮眠したけど、目が覚めたら、すずめがないていた。それから、見たいテレビがあったときはビデオにとることにしてる。
 ふとんの中で、懐中電灯をつけて、折り紙を折ることにした。折り紙を折っていると時間なんてあっという間に過ぎる。すぐ十二時近くになるだろう。折り紙も得意だ。四角い紙は無限の可能性をひめている、っておとうさんが教えてくれた。おとうさんは工作の師匠だ。この前は折り紙でくじゃくを折って、おとうさんにほめられた。こんどは何を折ろうか。ムササビかタカが飛んでいるところでも折ろうかな。
 
 コウモリはできた。やっぱり自分で考えながら折るのはむずかしい。こんど、おとうさんにムササビとタカの飛んでいるところの折り紙を一緒に考えよう。そろそろ行こうかな、みんなにこのコウモリを見せてやる。
 腕時計の針は十一時三十分をさしている。おとうさんとおかあさんを起こさないように静かに着がえた。いちおうジャンパーも着よう。懐中電灯や武器をリュックサックにつめた。
 おかあさんはスヤスヤと寝てる。よく寝る人だ。おとうさんは・・・いない。トイレにでも起きたのかな? けど、トイレの灯りをついてなかった。また夜中の仕事かな・・・?
 物音をたてないように、家のドアを開けた。外はそんなに暗くなかった。都会の夜は電灯にてらされている。おかあさんにどうして? って聞いたら、酔っぱらいが夜にたくさんいるのよ、って教えてくれた。そんなみっともない酔っぱらいにはならないぞ。
 十一時五十分にスーパーに着いた。そこには大きいカバンを背負ったかずひろ君とおぐら君が体育ずわりしていた。
 「おお。時間通りに来たな。やましたとすずき見なかったか?」
 「見てないけど」
 「そうか。十二時になったら出発するぞ」
 ぼくはうなづいた。かずひろ君はふるえている。
 「かずひろ君、おびえてるの?」
 「ばか。隊長と呼べ」
 「隊長、おびえてるの? 怖いの?」
 「ばか。寒いんだ」
 おぐら君はふるえていなかった。

 「よおし、十二時過ぎたぞ。行くぞ。オー」かずひろ君は右手をあげた。
 「オー」ぼくとおぐら君も右手をあげた。
 「お化け工場侵入作戦を決行する。ひろし、懐中電灯は持ってきたか?」
 懐中電灯をひろし君に渡した。
 「隊長。どうやってお化け工場に侵入するんですか? まわりにはバリケードが張ってあるのに」
 「よく聞いてくれた。これを見ろ」と言って、かずひろ君は大きいカバンから鉄のスコップを取り出した。「これで穴をほる。そして、バリケードの下を行くんだ」
 あきれた。どうやって、人が通れるような穴を掘るんだ。それに・・・「だって、バリケードの下をくぐったとしても、工場には入り口がないから入れないじゃないですか?」
 「同じように行くんだ。工場の近くの穴を掘って、工場のなかに入る」
 「無理だよ。だって工場の床は土じゃないんだよ。たぶん、コンクリートだよ」
 「あっそうか・・・。まあ、とりあえず行くぞ」
 何がとりあえず、だ。どうするんだろ・・・。
 かずひろ君を先頭にお化け工場に向かった。路地を歩き、木をかきわけ、お化け工場に着いた。
 「掘るぞ」かずひろ君は掘りはじめた。おぐら君はサポートに真剣だ。
 お化け工場をながめた。まだ、煙は出てない。工場の電気もついてない。一体、いつからこの工場は動きはじめるんだ? それとも今日はお休みなのかな?
 「おい、ひろしも手伝え」
 「手伝えって、スコップは一つしかないよ」
 「隊長の命令は絶対だぞ」
 「それよりぼくは周りの様子を観察してるよ。突然、お化けとかが来たら、かずひろ君、いや、隊長はいやでしょ?」
 「そ、それもそうだな。頑張ってくれたまえ」
 周りを観察しはじめた。すると、今まで気づかなかったところに井戸があった。
 「隊長、そこに井戸があります」
 「井戸? どこだ、どこだ」
 井戸のほうを指さした。かずひろ君は井戸に向かい、ぼくも向かった。
 井戸には、水は入ってなく、ただ、縄のはしごがぶらっとつるしてあった。井戸の底は暗いせいで見えない。
 「おぐら、どうする?」
 「ぼ、ぼくは高所恐怖症でありまして・・・」
 「お、おれもそうだな。こしょう恐怖症だから・・・」
 二人ともおびえてる。お化けの怖さと高さの怖さ、両方でだろう。ぼくは身体にも自信があるし、お化けを見てみたかった。
 「ぼくが行くよ」
 「ほ、ほんとか!?」
 強くうなづいた。かずひろ君は一瞬とまどったけど、隊長として胸を張って、言った。
 「これをB作戦として、ひろしをB作戦の隊長に任命する。おれとおぐらは、A作戦に集中する」
 いつから、AとBに別れたのかはわからないけど、とりあえず井戸の底を目指すことにした。どう考えてもここがあやしい。
 「行ってまいります」
 「頑張ってくれたまえ」
 ゆっくりと井戸の縄はしごを下った。縄はしごは頑丈に作られていて、そうそうのことじゃ、この縄は引きちぎれない。それに、この縄は少し暖かいような気がする。
 底についた。井戸の底は思ったより深くなかった。マンションの階数で3階ぐらいの深さだと思う。足元は汚いワラがばらまかれてるだけで、水は一滴もなかった。暗い。何も見えない。懐中電灯・・・リュックサックをあさった。ない。どうしてないんだ? ・・・・。そうだ、かずひろ君に渡したんだっけ。これから、どうしよう? 手探りで探検するしかないかな。そう思うと、急に怖くなってきた。
 すると突然、目の前にまぶしすぎるぐらいの光が現れた。その光はゆっくり近づいてきた。誰・・・? もしかしてお化け・・・? 目を閉じて、その光と逆のほうへ走った。走った。でも、足元のワラが足にからみついてくるようで、うまく走れない。でも、走った。
 突然、おでこに衝撃がはしった。どこかの壁にぶつかったようだ。ぶつかった衝撃で座りこんでしまった。走ってきた方に振り向く、光は近づいてくる。お化け? お化けだったら、どうなるんだ? 食べられるのか、それとも違う世界に連れていかれるのか・・・?
 「ぼうや、こんなところで何をしてるのかい?」光が日本語のような言葉でしゃべった。
 「あ、あの。ここの様子を見に・・・」
 光はさらに近づいた。足元をてらしていた光はゆっくりとぼくの顔へ向かった。
 「なんだ、ひろしじゃないか!」
 誰? お化けに知り合いはいないぞ・・・? でも、その声に聞き覚えがあった。おでこが痛い、頭が混乱する・・・。
 「おとうさん?」
 「こんなところで一体、何をやってるんだ」
 「かずひろ君がお化け工場に侵入しようって、ぼくを誘って・・・」
 「ははは、お化け工場か。まあ、そんなもんだな。じゃあいいだろ、ひろしにはおとうさんの秘密を教えてあげよう、来なさい」
 おとうさんに連れられて井戸の通路の奥に行った。通路の最後まで行くと、そこには階段があった。おとうさんとぼくはゆっくりと階段をのぼった。やがて、灯りがある空間に出てきた。そこには、大きいドアとカードをさしこむ機械があった。おとうさんは、ポケットからカードを出し、そこにさしこんだ。ドアが開いた。ドアの向こうは、本当に工場だった。
 「おとうさんはここで働いてるの?」
 「そうだよ」
 「ここは何を作ってるところなの?」
 「星だよ」
 「星・・・? 星ってもしかして、あの、お空に浮かんでる星?」
 「そうだよ。信じられないだろ? あの星っていうのは人間が作っているものなんだよ」
 知らなかった。ぼくのおとうさんが星を作っているだなんて・・・。星を作ってるのがぼくのおとうさんだなんて・・・。
 「ここが厚紙を星型に切っている部屋だよ」
 部屋に通されると、筋肉のすごいタンクトップのおじさんが、一生懸命、カッターで星型に紙を切っていた。
 「やあ、ぼうや。君が工作得意なひろし君か。よくおとうさんから聞いているよ」
 「・・・こんばんわ」
 「君も将来はここの“星づくり工場”かい? あっはっはっ」おじさんは豪快に笑った。
 おとうさんは、筋肉のすごいおじさんに「頑張ってな」と言って、ぼくとおとうさんは次の部屋に向かった。どうやら、ぼくのおとうさんはけっこう偉いようだ。
 「ここは星型に切った厚紙に金色の紙を張っているところだよ」
 部屋に通されると、エプロンを着たおねえさんが、お風呂のようなオケにペンキのはけをジャブジャブしている。
 「あら、こんばんは。あなたがひろし君?」
 「そうですけど・・・」
 「よくあなたのことは聞いてるわよ。いいおとうさんで幸せね」
 真っ直ぐな視線でおねえさんを見つめた。
 「ここは金色の紙を張っているのよ。金色の紙を張ることによって、夜空でキラキラ光るの。あなたは星、好き?」
 「好きです」
 「星っていいわよね。ロマンチックな気持ちになれるの。だから、あたしもその星に恩返ししたくてこの工場で働いているの」
 「そうですか」
 「あなたも大人になったら、ここにいらっしゃっい」
「ダメだよ」おとうさんが言った。「この工場はいずれ潰さなきゃならないのわかってるだろ?」
「あら、かたいことは抜きにしてほしいわ」
「とにかく・・・さあ、行こう」
 おとうさんはぼくの手を取った。
 「ねえ、おとうさん。なんでこの工場を潰すの? 星を作るのはすごいことで、その、もったいないっていうか、潰すことは、あの・・・」
 「あとでゆっくり説明するよ。ここがおとうさんの仕事してるところだよ」
 おとうさんは最後の部屋のドアを開けた。そこは天井が吹き抜けの部屋だった。空を見ると、満天の輝く星が広がっている。
 「大事な話をしよう」おとうさんが真っ直ぐにぼくを見て、言った。「もちろん、夜空にある星すべてがこの“星づくり工場”で作ったわけじゃないんだ。今も輝き続けている北極星なんかの一等星は本物の星なんだ。図鑑で見たことあるよな」
 うん、と僕はうなづいた。
 「どうして、この工場が星を作らなきゃいけなくなったのか。どうしてだかわかるかい?」
 「・・・わかんない」
 「それはね、この空が汚くなって、星が見えなくなってきたからなんだよ。人間は地球に工場をいっぱい建てて、煙をモクモクと出したり、車を走らせて、排気ガスを出した。そうすると、空はまたたく間に汚れて、夜空を見あげても星が見えなくなってきたんだ。政府は夜空に星が見えなくなってきたことにあせった。空を見て、星がなかったら悲しいだろう? 素敵な夢を見れなくなるだろう?」
 うん、とまた僕はうなづいた。
 「だから、政府はここに“星づくり工場”を建てた。そして星を作る人と、この重大な秘密を守れるメンバーを集めたんだ。私達は星を作り、星を夜空に飛ばした。そうすると、夜空は星いっぱいになって、みんなは再び素敵な夢を見ることができたんだ」
 言葉をうしなった。突然のことが一気にわかりすぎて、なにもしゃべることができなかった。
 「そうしてここが、星を空に飛ばす場所だ」
 大きい大砲みたいな機械があった。おとうさんは、もうすでにできあがった紙の金色の星を大砲みたいな機械に入れた。そして、導火線に火をつけた。
 「ひろし、よく見てろ。これで夜空に星が一つ浮かぶんだ」
 爆音がした。眠ってる太陽さんが起きてしまうような爆音だった。あたりに煙が吹き出した。目をつぶった。
 「よく見とけ。ほら、上見な」
 夜空に一つの星が飛んでいった。流れ星が夜空を舞っていくように。
 「きれい」
 「でもな、覚えていてほしい。ここの星はひろしの言った通り本物の星じゃない。おとうさんの仕事はこの夜空に星を与えているんだ。ひろしはこの仕事をしてはいけない」
 「どうして? ぼくは工作できるし・・・もしかして、お給料が悪いから?」
 おとうさんは笑った。「違うよ。ひろしの仕事はこの夜空を綺麗に掃除する仕事だ」
 「掃除?」
 「そう、夜空に星が見えなくなったとしても、星は消えてしまったわけではない。今でも、いつまでも宇宙に星は輝き続ける。ただ、夜空が汚れてしまったから、星は見えなくなるんだ。ひろしにはこの夜空を掃除してほしい。本物の星をこの地球に住む人達に見せてやってほしい」
 「なんだか難しそうだね」
 「難しいかもしれない、でも、この夜空に本当の夢を取り戻さなきゃいけないんだ。再び、あの綺麗な星が見られるように・・・頑張ろうな」
 おとうさんが、神様のように見えた。
 「おとうさんは夜空に夢を与えている。ひろしは夜空に夢を取り戻すんだぞ」
 「ぼくにできるかな?」
 「ひろしはおとうさんの息子なんだぞ。できないはずはないじゃないか」
 「そうだね!」
「さあ、ひろし、夜も遅いからもう帰りなさい。あっそうだ。ちょっと待て。これ、ひろしに借りてたな」
 渡されたのは、なくしたはずのハサミとセロテープだった。
 「これ?」
 「いや、ちょっとな。工場で必要になってさ・・・。ごめんな」
 犯人はおとうさんだったんだ。「うん、別にいいよ」
 そうして“星づくり工場”を出た。井戸から出ると、まだかずひろ君とおぐら君と穴を掘っていた。おぐら君がその穴に首を突っ込んだりしてる。声をかけた。
 「かずひろ君、おぐら君」
 「ウワッ」かずひろ君は驚いて、こっちを振り向いた。
 「井戸に行ってきたよ」
 「それで、それで、どうだった?」
 「井戸は行き止まりだった。何もなかったよ。懐中電灯、なかったからさ。時間かかっちゃった」
 「そうか、それは残念だ。よし、スコップ交代してくれ」
 「もう帰ろ。明日にしようよ。疲れたでしょ?」
 「そうだなあ・・・。そういえばさっき、ひろしが井戸入ってるときに、工場の電気がついて、煙が出たぜ」
 「ホントに!? 煙、見たかったなあ。ということはさ、もう工場でお化けが何か作ってるんだよ。早く帰ろうよ。もし何かぼく達が怪しいことしてたら、捕まっちゃうかもよ」
 「そ、そうだな。じゃあ、今日は解散!」
 その一言でぼくらは解散した。夜空を見ながら、家に帰った。そして、ぐっすりと寝た。
次の日、学校で、偶然発見した、って言ってかずひろ君にハンググライダーを返した。かずひろ君はそのハンググライダーに夢中になった。二度とお化け工場侵入作戦はしなくなった。
そして、その日の三時間目、道徳の時間。
 「とっても素晴らしいお話でしたね。次はええと・・・ひろし君ね。ひろし君のおとうさんはどんな仕事をしてるの?」
 オホン、と息をついた。
 「ぼくのおとうさんは、みんなに夢を与える仕事をしています・・・」

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