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振り返れば未来

農業の知識は実践経験だけでなく、農業関係の本や雑誌などを読んで学ぶことも大切だと私は思っています。
最近読んだ、山下惣一さん『振り返れば未来』という本がとても心に響いたので紹介します。

山下惣一さんについて

山下さんは佐賀県唐津市で米やみかんを栽培する"百姓"として長年農業と向き合ってきました。
日々の農作業を営む一方で作家としても活躍し、『海鳴り』で第13回日本農民文学賞を受賞。『野に誌す』『いま、村は大ゆれ。』など農民の視点から農村や農業のありようを多数記しました。
2022年7月に85歳で亡くなっています。

『振り返れば未来』の概要

今作は山下さんの人生と作品の軌跡を振り返った聞き書きで、佐藤弘氏が聞き手として執筆しています。

山下さんは日本における農業への危機感をずっと抱き警鐘を鳴らしていました。海外からの輸入に頼り食料自給率の低下を招いた国の政策を論理的に批判し、いったい"百姓"とはどのようにして生きていくべきなのかを作中で述べています。
嫌々始めた農業の道、これからの時代の農業に情熱を注いだ若き日、ミカン大暴落に減反政策などの強すぎる逆風…。苦労を重ねた人生の中で常に農業のありようを試行錯誤し続けていました。

世界各国の農業の様子を視察し、日本の状況と比較して客観的に現状を分析したりもしています。
作中で、日本の農業の強みは①治安がいい、②兼業ができる、③生産地と消費地が近いの3点だと挙げています。海外では小作農として労働搾取されていたり、乾燥地帯など人があまり住んでいない地域で大規模生産をするなどの形が取られており、その点で日本は有利な部分が多いといいます。
また、【身土不二:気候風土によって摂るべき食が異なる】という考え方を紹介しており、日本にあった食があるのだから輸入品よりも自分の住む地域の近くでとれた食物を食べるのが良いだろうと考察しています。

さて、"百姓"がどうあるべきかという問いに対し山下さんが辿り着いた結論は、昔の日本各地で行われていた農業の風景でした。
家の前に田んぼがあって畑、果樹園があって家畜が少しいる。自分と家族が食べるものを作って、余ったら売る。農閑期には農作業以外のものづくりなどをして暮らしていける。
過去にあった風景にこそ、日本の農業・農村の未来を照らすヒントがあった。まさに『振り返れば未来』だったとおっしゃています。

農の原理は循環であって、成長じゃない。百姓ってのは、借金さえしなければ、成長しなくても生きていけるのです。

規模を拡大してより利益を、という農業よりも自分の暮らしの一部として農業をやる。この考え方は私がずっと心の中で漠然と思っていたことで、それを理由や客観的な分析から明確に示してもらえたということがとても響きました。

私はまず家族のために、次に日本の消費者のために農業をしたい。

この言葉にも強く共感しました。今の私たちの暮らしには輸入食品が溢れていますし、私が作っているりんごも海外へ輸出されています。
でも私は、自分が食べて美味しいと思えるものを作りたいし、国内の色んな方々に食べてほしいと思っています。

最後に紹介したいのはこの言葉。

10年後が信じられなければ、ミカンもリンゴも植えられないし、この秋がないなら田植えすらやれません。
(中略)だから明日を信じ、木を植える。

その通り、りんごは木を植えてから10年しないと満足に収穫できません。10年経つ前に病気や災害でダメになってしまう可能性もあります。でも植えなければ何も生まれない、だから明日を未来を信じて育て続けます。
この言葉に農業をやることへの背中を押された感じがしました。


農業は本来、今の食物を得るためだけでなく未来へ繋ぐための行為でした。土の栄養もある時に使い過ぎればその後は貧しい土になってしまうし、拡大のために森の木を倒せば自然のバランスが崩れていきます。そのツケは結局私たちの暮らしに影響してくるのです。

本を読み終わって、山下さんが生涯を通して考え続けた農業や"百姓"のあり方を私は体現してみたいと考えています。
今はりんごを育てるので精一杯ですが少しずつでも様々なものを育てたいし、地域の自然や周りの人との繋がりなどを大切にする暮らしがしたいです。

この本は農家さんや食や農的暮らしに興味のある方はもちろんですが、普段自分は農業に関係ないと思っている方にも読んでもらいたいです。
日本に住む皆さんが自分ごととして捉えてほしい、そういう気持ちになりました。


出展:『振り返れば未来 山下惣一聞き書き』
    山下惣一、佐藤弘聞き手
   不知火書房


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