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「パッチワークスペルズ」 第1話 君の傘となる

あらすじ

エルマ=ミニーミニーは幼い頃から魔法を夢見る少女。エルマは魔女の血を引いていたが魔力が少なかった。

魔族狩りが横行する時代。
ある夜、人間の襲撃によってエルマは家族を失ってしまう。
魔力が少なかったエルマは人間に気付かれず、唯一の友達であるぬいぐるみの「ダンデラ」と共に逃げ延びる。

数年後、森の洞窟で暮らすエルマは盗みで生計を立てる。ある日パンを盗んだエルマは、村の少女ルシル=フランシュに追われるが、心優しいルシルに助けられ二人は友情を築いていく。

長い孤独と向き合ってきた魔女のエルマと、優しく接してくれる人間のルシル。
そんな二人の元に魔族狩りの脅威が忍び寄る。


人物表

エルマ=ミニーミニー(3・5・12・15)魔女
シンシア(27・29)エルマの母
マリア(51・53)エルマの祖母
ルシル=フランシュ(15)村人
ティム(41)ルシルの父
レグルス=フォレノア(20)薬売り
ダグラス(35)狩人
シーザー(26)狩人
ダンデラ(?)ぬいぐるみ

本文

○ミニーミニー家・リビング(夜)
大きな暖炉の灯りで暖色に照らされる室内。赤毛でボブカットのエルマ=ミニーミニー(3)が何かを考えている様子で食卓の椅子に座っている。
エルマ「んーっと……ライオンだから……ダンデライオン! ちょっと長いなぁ……」
悩んでいる様子のエルマを、隣の椅子に座っていたシンシア(27)が頬杖を付いて微笑ましく見ている。
エルマ「じゃあダンデラ! ダンデラだ!」
エルマは机に両手を付いて身を乗り出して言う。食卓を挟んだエルマの向かいの椅子には、ダンデラ(?)と名付けられたぬいぐるみが座らせられている。
ダンデラ「……」
ダンデラは全長40cm程で、黒い瞳、数種類の生地を継ぎ接ぎで縫い合わせた身体で、頭部にはライオンのような立髪がある。

○同・外(朝)
家の周囲にはレンガで仕切られた花壇がある。花壇には色とりどりの花が植えられている。エルマが寝ぼけ眼でダンデラを抱きしめながら、ジョウロで花壇に水を撒いている。
マリア「ダンデラが汚れちゃうじゃないか」
エルマの後ろから赤毛のマリア(51)が歩いてくる。
エルマ「……ん」
マリア「ありがとうね。私がやるよ」
エルマは眠そうな顔でマリアを見る。マリアは花壇に手を翳す。
マリア「おばあちゃんは魔女だからね」
マリアが手を翳した花々は、次第に水が撒かれたように輝きを放つ。
エルマ「……エルマもいつか魔法使えるようになる?」
マリア「言い続ければいつか使えるさ。言葉には魔力が宿るからね」
マリアはエルマの頭を撫でる。
マリア「……でもねエルマ、魔法なんて使えないほうがいいよ」

○同・中(朝)
外は雨が降っている。シンシア(29)が暖炉に手を翳すと暖炉の中の木に火がつく。マリア(53)は食卓に座っって新聞を読んでいる。
マリア「……また魔族狩りだってさ」
シンシア「いつまでこんなこと続けるんだろうね……」
マリア「仕方ないさ。違うってのは怖いことなんだよ」
レインコートを着てダンデラを抱き抱えたエルマ(5)が玄関で靴を履いている。
シンシア「エルマ、どこ行くの?」
エルマ「ダンデラに雨を見せるの!」
シンシア「ダンデラ濡れちゃうよ?」
エルマ「大丈夫! エルマがダンデラの傘になるの! 行こ! ダンデラ!」
エルマが傘を持って玄関から出て行く。シンシアとマリアは、傘を差して歩くエルマを窓から見ている。
マリア「……エルマは、魔力が少なくて幸運だったかもね」

○森の中(夜)
雨が降っている。エルマ(12)は、ダンデラを抱きしめながら木を背にして息を殺すように座っている。肩まで伸びた赤い髪は雨で濡れている。エルマがもたれる木の更に後ろでは、猟銃を持った男数名が、ミニーミニー家を囲んでいる。
エルマ「おばあちゃんが言ってた……。エルマは魔力が少ないから人間として生活できるって……。でも、ダンデラ……それって、それって……!」
エルマはダンデラに対して、震えた声で不安をぶつけるように言う。エルマの背後から銃声が聞こえる。エルマは恐怖した様子で涙を流しながら耳を塞ぐ。雨の中、銃声が響く。

○暗がりの洞窟(朝)
薄暗く鬱蒼とした森の奥、岩山の麓に洞窟がある。洞窟の入り口で一匹の燕が羽から血を流して倒れている。
エルマ「あっ……」
洞窟の中から、赤い髪が腰元程まで伸 びたエルマ(15)が出てくる。エルマは倒れている燕に近づく。エルマはしゃがみ込んで燕に手を翳す。
エルマ「待っててね。治してあげるから」
そう言うと、エルマの手のひらが仄かに光る。エルマが手を離すと、羽にあった傷は無くなり、燕は飛んでいく。エルマは立ち上がって洞窟の中へと戻っていく。洞窟内には、ボロボロのベッドとランタンが置いてある。ベッドの枕元にはダンデラが座っている。
エルマ「……ねぇダンデラ。魔法が使えるのってそんなに悪いことかな」

○イグリム村・広場(朝)
村人達で賑わう小さな広場。広場の中央には噴水があり、その周りにはいくつかの店が並んでいる。パン屋、『ベロニカベーカリー』の前にはエプロンをつけたルシル=フランシュ(15)が立っている。ルシルは金髪のツインテールで、顔にはそばかすがある。その隣には同じようにエプロンをつけた店の前にはバケットやクロワッサンなど、数多くのパンが並んでいる。パン屋の隣では黒いマントで身を包んだレグルス=フォレノア(20)が風呂敷を広げて薬草を売っている。噴水の前では、猟銃を肩にかけたダグラス(35)とシーザー(26)が並んで立っており、その周りに村人が集まっている。
シーザー「いいか! 魔族にあったら耳を塞げ! 奴らは言葉に魔力を込めてきやがる。聞こえなきゃ攻撃されねぇ!」
ダグラス「……魔族を見つけたら俺達に教えてくれ。有益な情報には報奨金も用意している」
二人を囲む村人たちがザワザワと話し出す。村人たちの後ろでルシルは何か考えている様子で狩人の二人を見ている。
ティム「……馬鹿だな。狩ろうとするから攻撃されんだろ。そっとしとけよ」
ルシル「そもそも最近魔族の噂なんて聞かないしね」
ティム「仕事が減って躍起になってんのさ」
ティムは咳き込みながら椅子から立ち上がる。ルシルは心配そうな表情でティムを見ている。
ルシル「大丈夫?」
ティム「平気だよ。俺は昼の準備してくるから店番を……」
ティムの言葉を遮るように、ボロボロの布を被った何者かが店頭のバケットを一つ盗んで走り去っていく。
ルシル「あっ! またっ……!」
ティムは呆れた表情で走り去っていく泥棒を目で追いかける。
ティム「……ルシル、頼めるか?」
ルシル「任せて!」
ルシルはティムが座っていた椅子の下から小さなポーチを手に取って、泥棒を追いかける。パン屋の隣で座り込んでいるレグルスは泥棒とルシルを目で追いかける。
レグルス「……」

○同・村はずれの森(朝)
バケットを手に持った泥棒が森の中を勢いよく走っていく。森は木々が鬱蒼と生い茂っており薄暗い。風圧でボロボロの布が捲れ、エルマの顔が顕になる。エルマは必死の表情で森を走る。
ルシル「おい! 待て! 泥棒!」
エルマはびっくりした表情で後ろを見る。20メートルほど後ろに、ルシルの追いかけてくる姿が見える。
エルマ「うわっ! ど、どうしよ……!」
エルマは焦りで走るペースを上げる。ルシル「逃げるなっ!」
エルマは器用に木を登り、木の上を飛び跳ねて逃げていく。
ルシル「なっ……!」

○暗がりの洞窟(朝)
バケットを持ったエルマが疲れた様子でベッドに座る。エルマは枕元に置かれたダンデラを見る。
エルマ「……ねぇ、聞いてよダンデラ。いつもは追いかけてこないのに今日は……」
ルシル「逃げ切れたと思ったか……!」
エルマはビクッとして顔を上げる。洞窟の入り口にはヘトヘトな様子のルシルが立っている。エルマは慌てた様子で立ち上がる。
エルマ「ご、ごめんなさい! 食べ物が、どうしても、欲しくって……!」
ルシルは黙ったままエルマに近づく。
エルマ「ほ、本当にごめんなさい! か、返す! 返しますから……」
ルシルはエルマの前に立ち、持っていたポーチを突き出す。
ルシル「ん!」
エルマ「え……、なん、ですか……?」
ルシル「次泥棒が来た時に渡せって」
エルマは恐る恐るポーチを受け取り中を除く。中には瓶が入っている。
エルマ「……これは?」
ルシル「……アプリコットのジャム。お父さんが、いっつもバケットだけじゃ飽きるだろって」
エルマはキョトンとした顔でルシルの顔を見る。

×××(時間経過)

ボロボロのベッドの上にエルマとルシルが並んで座っている。エルマはジャムが乗った薄切りのバケットを食べている。
エルマ「うわっ、あまい……」
ルシル「美味しいでしょ! ウチのジャムとパン!」
エルマ「うん……ありがとう……」
ルシル「それはお父さんに言ってあげて。ホント、優しすぎるんだから」
ルシルは洞窟内を見渡す。
ルシル「……こんなとこに住んでんの?」
エルマ「ここ、人来ないから……」
ルシル「ふーん……。なんか、変わってるね」
エルマは軽く顔を伏せる。ルシルはエルマの顔をじっと見る。
ルシル「……ねぇ、たまに遊びに来てもいい?」
エルマは驚きでむせる。
エルマ「えっ! ……な、なんで!?」
ルシル「あの村ね、同年代の友達一人もいないの。みんな私を子供扱いかお姉さん扱い」
エルマ「わっ、私泥棒だよ!?」
ルシル「なんか事情があるんでしょ? 聞きはしないけどさ」
エルマは唖然とした表情でルシルを見る。
ルシル「……名前は? なんて言うの?」
エルマ「え、エルマ……」
ルシル「私はルシル。よろしくね、エルマ」

○ベロニカベーカリー・前(夕)
数多くパンが並ん店の前、ティムが椅子に座っている。ティムの正面にはエルマとルシルが立っている。パン屋の隣ではレグルスが風呂敷を広げて座っている。
エルマ「す、すみませんでしたっ……!」
エルマがティムに向けて頭を下げる。ティムは謝るエルマの姿をまじまじと見る。
ティム「……顔上げな」
エルマはゆっくり頭を上げる。
ティム「……どうだった? ウチのバケットとジャムは」
エルマ「美味しかったです……」
ルシルはエルマの隣で嬉しそうな表情を浮かべる。
ティム「ならいい。……明日も来い。商品にできなかったパンをやるよ」
エルマ「え、そんな、いいんですか……?」
ティム「……あぁ、今並んでる分も廃棄だ。好きなだけ持ってけ」
エルマは理解が追いついていない様子。
ルシル「最近売れ行きが悪いの。捨てるのは勿体無いから持ってっちゃってよ」
エルマの目元に涙が溜まる。
エルマ「あっ、ありがとうございます……!」
エルマが涙を溢しながら、もう一度ティムに頭を下げる。パン屋の隣にいたレグルスはエルマのことをじっと見ている。
レグルス「(M)あの赤毛……」

○暗がりの洞窟(夜)
暗くなった洞窟に、藁で編まれた鞄を持ったエルマが帰ってくる。鞄の中には沢山のパンが入っている。マッチでランタンに火を灯したエルマは、嬉しそうな表情でベッドに倒れる。
エルマ「……ねぇ、聞いてよダンデラ。私にね、人間の友達ができたんだよ」
ダンデラ「……」
エルマはダンデラの方を見る。ダンデラの黒い瞳にランタンの暖色が反射している。
エルマ「……人間って、悪い人ばっかじゃないんだね。私知らなかったよ。ダンデラ」

○ベロニカベーカリー・工房(朝)
大きな石窯のある工房内。壁には焦げ跡がある。木製の机の前にエルマが立っている。机の上には不恰好なパンが大量に置かれている。工房内ではルシルがパンを運んでいる。
エルマ「ほ、本当にこんなにもらっていいの?」
ルシル「いいのいいの! 私らも困ってたから! 焼きたてだから気をつけてね」
エルマ「いただきます……!」
エルマは不恰好なクロワッサンを手に取り口に運ぶ。ルシルはその様子を嬉しそうに見ている。

○村はずれの森
木々が生い茂った森の中。籠を持ったエルマとルシルは木苺が成った木の前に立っている。ボロボロだったエルマの服と髪は綺麗になっている。ルシルは疲れ果てた様子でエルマを見ている。
エルマ「見てよルシル! デカいでしょ!」
エルマはゴルフボール程の大きさの木苺を摂る。
ルシル「エルマ……私疲れちゃった……」
ルシルはその場にへたり込む。
エルマ「森に慣れてないから仕方ないよね。食べてみる?」
エルマはルシルに木苺を一個手渡す。ルシルは木苺を齧る。
ルシル「うわっ、酸っぱ!」
エルマ「ジャムにすればパンに合うんじゃない?」
ルシル「いや、それよりホイップクリームと合わせてさ……」

○暗がりの洞窟(夕)
ベッドの上にルシルとエルマが座っている。洞窟の壁面には紙に書かれたパンのレシピが沢山貼ってある。
エルマ「あ、じゃあさ、パンの中にカレー入れちゃうっていうのはどう?」
ルシル「カレー作んのが大変じゃん。ウチの工房で出来ないよ」
エルマ「あーそっかぁ……。じゃあさ……」

○ベロニカベーカリー・屋根の上(夜)
エルマとルシルが屋根の上に座っている。屋根からは広場を見下ろすことができる。村の周囲の木々は紅葉している。
ルシル「寒くなってきたな……」
エルマ「ホント、ルシルと会ってから全部があっという間」
店の中からティムが出てくる。ティムは屋根に座るエルマとルシルを見上げる。
ティム「エルマ、今日もパン持ってってくれるか?」
エルマ「はい! ありがとうございます!」
ティムは頷くと、咳き込みながら店の中に戻っていく。ルシルはティムのことを心配そうに見ている。
エルマ「……ねぇルシル」
ルシル「ん、なに?」
エルマ「私、ルシルと会えて良かったよ」
ルシルは面食らった表情を浮かべる。
ルシル「わ、私こそだよ。エルマ……」
ルシルは気まずそうな表情を浮かべる。

○ベロニカベーカリー・工房(夜)
窓の外は雨が降っている。ティムがしゃがみ込んで激しく咳き込む。机で夕食を食べていたルシルは心配そうにティムに駆け寄る。
ルシル「大丈夫……?」
ティム「……平気だよ」
ルシル「前より酷くなってない?」
ティム「心配すんな。気のせいだ」
ルシル「……ねぇ、街に行ってお医者さんに診てもらおうよ。店は休んでさ」
ティム「パンが売れねぇんだ。そんな金がないのはルシルだって分かってんだろ」
ティムは立ち上がってパン生地をこねる。ルシルは心配そうに後ろ姿を見ている。
ティム「そんな金があったら、ルシルに使ってやりたいしな」
ルシルは何も言わないまま、自身の手をぎゅっと握りしめる。

○暗がりの洞窟(夜)
外は雨が降っている。洞窟内に帰ってきたエルマ。エルマはランタンに火を灯し、ベッドで仰向けになる。エルマは枕元のダンデラを手にとって、両腕を持つ形で顔の前に掲げる。
エルマ「ただいまダンデラ。明日はルシルとね、今まで考えたパンを作ってみようって……」

○イグリム村・広場(朝)
曇り空の下、噴水の前ではダグラスとシーザーが村人に向けて話している。ベロニカの前ではルシルとティムが開店準備でパンを並べているが、ルシルは顔色が悪く、その場でボーッと立っている。

○村はずれの森(夕)
ぬかるんだ森の中をエルマとルシルが歩いている。ルシルは依然顔色が悪く、エルマの一歩後ろを歩いている。エルマは心配そうな表情でルシルの方を見る。
エルマ「ルシル、もしかして体調悪い?」
ルシルはハッとした様子で顔を上げる。
ルシル「えっ、いや、そんなことないよ」
エルマ「そう……ならいいんだけど……」
そのまま歩き続ける二人。

○暗がりの洞窟・前(夕)
雨が降っている。エルマとルシルは歩いて洞窟の前まで辿り着く。ルシルはフラフラとエルマの後ろを歩く。
エルマ「ちょっと待っててね。レシピ取って……」
エルマの言葉を遮るように、エルマの後ろでルシルが倒れる音が聞こえる。
エルマ「ルシル!?」
エルマは驚いた様子で振り返る。ルシルは地面に座り込んで右腕を摩っている。右腕からは血が流れている。
ルシル「いっ……。へへ、転んじゃった」
ルシルはエルマに笑顔を見せる。エルマは心配そうにルシルに近づく。
エルマ「血出てんじゃん! 大丈夫!?」
ルシル「だ、大丈夫だよ。ちょっと木で切っちゃっただけだし……」
エルマはルシルの右腕をじっと見た後、覚悟を決めたようにルシルの顔を見る。
エルマ「……ルシル、ちょっと腕貸して」
ルシルは不思議そうな表情でエルマに右腕を向ける。
エルマ「ビックリしちゃうかもしれないけど、動かないでね……」
エルマはルシルの傷に手を翳す。エルマの手が仄かに光り、ルシルの傷がみるみると治っていく。
エルマ「……ずっと言えなかったんだけど、私魔法が使えるの」
ルシルは呆然とエルマを見ている。エルマは顔を伏せて言葉を続ける。
エルマ「大した魔法は使えないんだけど、怪我とか病気はこんな風に治すことができるんだ……」
エルマが顔を上げる。ルシルは憔悴と絶望の表情を浮かべている。
ルシル「そっ、そんな魔法だったなら……! こんなことしなくたって……!」
エルマ「えっ……?」
ルシルは力が抜けたように腕を下ろす。
ルシル「……出逢った時から何となくわかってたよ。エルマが魔女だって、何となく分かってたよ」
エルマは動揺した様子でルシルを見る。
ルシル「私のお父さん、体調がずっと良くないの。お医者さんに見てもらいたいのに、そんな金ないって……。だから、だから私……!」
ルシルが顔を上げる。ルシルは涙を流している。次の瞬間、森の中に銃声が響く。
シーザー「んー! 外したか!」
ルシルの後ろの木陰から猟銃を持ったダグラスとシーザーが現れる。エルマは恐怖した様子で二人を見る。
エルマ「え、なんで……」
ルシル「ごめん……!」
シーザーとダグラスはルシルの隣に立つ。
ダグラス「よくやったパン屋の娘。報奨金は事が終わったら支払う」
エルマ「な、何でよ。何でルシル……」
シーザー「帰りな。こっからは俺らの仕事だ」
ルシル「ごめんね、エルマ……!」
ルシルは立ち上がって涙を流しながら走り去っていく。エルマは絶望した様子で動けなくなる。
シーザー「しっかし惨めだなぁ。魔族が人間と友達になれるとでも思ってたのか?」
?「(M)……ルマ」
ダグラス「やめろシーザー。魔族なんかに同情するな」
エルマ「何で……どうして……」
エルマは俯いて涙を流す。
?「(M)……エルマ、エルマ」
エルマ「えっ……」
エルマは虚な表情で周囲を見渡す。
ダグラス「他の魔族の居場所を知っているなら吐け。お前にできるのはそれくらいだ」
?「(M)エルマ、大丈夫。君はそのままで良いんだ。何も間違ってない」
エルマ「何……だれ……?」
エルマがうわ言のように呟く。それを見たシーザーは笑い出す。
シーザー「なんだぁ!? 恐怖でイかれちまったのか!? 一人で喋って! 気持ちわりぃなぁ!」
?「(M)大丈夫だエルマ。大丈夫、大丈夫だから……」
ダグラス「……チッ、使えないな」
?「(M)いつもみたいに、私の名前を呼んでくれないか?」
ダグラスはエルマに銃口を向ける。エルマは何かに気づいた表情を浮かべる。
エルマ「ダンデラ……?」
次の瞬間、エルマの背後、洞窟の入り口から爆発したかのように白い煙が出てくる。煙はエルマ、シーザー、ダグラスの三名を包む。
シーザー「うわっ、なんだぁ?」
エルマは理解が追いつかない様子で依然その場に座り込んでいる。
?「……私はエルマをずっと見てきた。希望、絶望、劣等、孤独、その全てをエルマは私に聞かせてくれた」
白い煙の中、エルマの前に何者かの人影が見える。
?「言葉には魔力が宿る。……エルマ、君がくれた言葉の数々が、継ぎ接ぎの呪文となって私に力をくれたんだ」
煙が晴れていく。エルマの目の前には身長2メートル程で、腰元に継ぎ接ぎの布を巻いたライオンの獣人が立っている。
ダンデラ「……これからは、私が君の傘となろう」
エルマはダンデラの後ろ姿を呆然と見ている。
エルマ「ダンデラ……」
シーザーとダグラスは慌ててダンデラに銃口を向ける。
シーザー「なっ……! 何だよお前っ!」
シーザーはダンデラに向けて闇雲に銃を撃つ。ダンデラはそれを当たり前のように素手で受け止める。シーザーは恐怖した表情を浮かべる。
ダンデラ「私はエルマの無邪気な話が好きなんだ」
ダンデラは足で軽く地面を蹴ると、次の瞬間にはシーザーの目の前に右腕を振りかぶったダンデラが立っている。
シーザー「……ッ!」
ダンデラはシーザーに防御する隙すら与えず全力で顔面を殴る。シーザーは勢いよく遠くまで吹き飛ばされていく。
ダンデラ「エルマを泣かすのは、私が許さない」
ダグラスがダンデラの左肩を銃で撃ち抜く。
ダンデラ「ん?」
ダンデラはあまり気にしていない様子でダグラスを見る。
ダグラス「……んだお前。何で倒れねぇんだよ……」
ダグラスは焦りの表情を浮かべる。
ダンデラ「私はぬいぐるみだ。痛みは感じない。中身は綿で詰まっているし、傷も縫えば治る」
ダンデラは落ち着き払った様子でダグラスに近づく。ダグラスは後退りしながらダンデラに向けて銃を乱射する。ダンデラは気にも留めない様子。
ダンデラ「……だがエルマは私と違って痛みを感じる。まごう事なき人間だ」
ダンデラはダグラスの目の前に立つダンデラはダグラスに向けて拳を振りかぶる。
ダグラス「ハァ……ハァ……!」
ダンデラ「お前だって人間なら、分かるはずなのに」
ダグラス「やめてぐっ……!」
ダンデラはダグラスの言葉を待たずに、ダグラスを上から殴りつける。ダグラスは地面に叩きつけられ気絶する。
ダンデラ「分かってくれたら報われる」
エルマはフラフラと立ち上がり、ダンデラの元に歩く。
エルマ「だ、ダンデラ……? ダンデラなの……?」
ダンデラは振り返ってエルマを見る。
ダンデラ「エルマがあの時名付けてくれた時から、私はずっとダンデラだよ」
エルマは涙腺が決壊したかのようにボロボロと泣き出し、ダンデラに抱きつく。
エルマ「あぁ……! ダンデラ……! ダンデラなんだ……!」
ダンデラ「泣かないでくれエルマ。私はエルマの笑った顔が好きだ」
エルマ「ありがとっ……! ありがとうダンデラ……!」
ダンデラ「礼には及ばない」

○村はずれの森(朝)
青空の下、泣き腫らした顔のルシルが一人とぼとぼと森の中を歩いている。ルシルは藁の鞄を持っており、中には紙に包まれたパンが入っている。

○ベロニカベーカリー・工房(朝)
工房の中、咳き込むティムが椅子に座っている。ティムの正面にはぬいぐるみのダンデラを背負ったエルマが立っている。
ティム「……ルシルなら森の方に行ったぞ」
エルマ「いいんです。今日はおじさんに会いに来たので」
エルマはティムの胸部に向けて手を翳す。
エルマ「動かないでくださいね……」
エルマの手が仄かに光だす。ティムは全く動じていない様子。
ティム「……やっぱり、魔女だったか」
エルマ「……驚かないんですね」
ティム「そんな気はしてたからな」
エルマはフッと笑う。

○暗がりの洞窟(朝)
何もなくなった洞窟の中、ルシルは、『ルシルへ』と書かれた手紙を持って呆然と立ち尽くしている。

○ベロニカベーカリー・工房(朝)
エルマはティムの胸元に手を翳している。
ティム「……昔な、俺が子供だった頃、工房で火事が起きたんだよ」
ティムが壁の焦げ跡を指差す。
ティム「……そん時な、助けてくれたんだ。エルマみたいな赤毛の魔女が、魔法で大量の水を出して消火してくれたんだ」
エルマは嬉しそうな表情を浮かべ、翳していた手を下ろす。
エルマ「……どうです? 楽になりましたか?」
ティムは不思議そうな表情で立ち上がる。
ティム「おぉ……、すごいな……」
エルマ「ふふ、よかったです」
ティム「また、魔女に助けられちまったな」

○村はずれの森(朝)
手紙と鞄を持ったルシルが必死な様子で森の中を走っている。
エルマ「(M)ルシルへ。私はここを出ていくことにしたよ。このままここにいたら、ルシルとおじさんに迷惑をかけちゃうからね」
ルシル「はぁ……はぁ……!」
エルマ「(M)ここを出て、私みたいに孤独な魔族を救ってあげようと思ったんだ。ルシルが私にしてくれたみたいに、私も誰かにとっての希望になりたいの。ありがとうルシル。ルシルと出逢えて本当に、本当に良かったよ」

○村の外・野道(朝)
ぬいぐるみのダンデラを背負ったエルマが歩いている。エルマの手元には大量のパンが入った麻袋がある。
エルマ「こんなに貰っちゃったよ。食べ切れるかなぁ……」
ダンデラ「エルマ、パンってどんな味なんだ?」
エルマ「いっぱいあるんだよ? 例えば……」
ルシル「エルマ!」
エルマが驚いた様子で振り返ると、そこには息を切らしたルシルが立っている。
エルマ「ルシル……」
ルシル「エルマ。私、エルマに本当に酷いことをした。ごめん、ごめんなさい……」
ルシルは泣きながらエルマに近づく。
エルマ「泣かないでルシル。大丈夫だから」
ルシル「ねぇ、本当に行っちゃうの……?」
エルマ「……うん。私もルシルみたいになりたいんだ」
ルシルは寂しげな表情をエルマに見せる。エルマは釣られたように泣きそうになる。
エルマ「……そんな顔しないでよ。ルシルは笑ってて」
ルシル「いつか帰ってくる?」
エルマ「うん! またルシルとおじさんのパン食べにくるよ」
ルシル「……これ、持っていって」
ルシルは鞄に入っていたパンをエルマに渡す。
エルマ「これは?」
エルマが紙の包みを剥がすと、中にはフルーツサンドが入っている。
ルシル「……二人で考えた、木苺のフルーツサンド」
エルマは涙を堪えた顔でフッと笑う。
エルマ「……ありがとう、ルシル」
ルシル「……元気でね。エルマ」
エルマ「ルシルこそ、元気でね」
二人は手を振り合いながら離れていく。ダンデラもルシルに向かって小さく手を振る。
ダンデラ「……エルマ、そのフルーツサンドっていうのはどんな味なんだ?」
エルマ「私もまだ食べたことないけど、きっと甘くて酸っぱくて、とびっきり美味しいの」


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