株式会社キューピッド

人物表

キュート(121)天使・会社員
ヴァレンタイン(134)天使・キュートの先輩
雪村一楓(18)高校生
工藤夏樹(17)高校生


本文

○地上界・河川敷 (夜)
河川敷に多くの人が集まり、座り込んで花火を見ている。浴衣姿の雪村一楓(18)とTシャツ姿の工藤夏樹(17)が、同じように座って花火を見ている。ボーッと花火を眺めている夏樹の横顔を、一楓が見つめる。
一楓「……夏樹」
夏樹「ん?」
夏樹が一楓の顔を見る。
一楓「私ね……、ずっと……、ずっと……!」

○天界・株式会社キューピッド・鏡の間
広々とした室内に、巨大な丸鏡が壁に立てかけられている。鏡には河川敷でお互いに顔を見つめ合う一楓と夏樹が映し出されている。鏡の前にはスーツ姿で右手に弓を持ったキュート(121) と、同じようにスーツ姿で眼鏡を掛けたヴァレンタイン(134)が立っている。二人の背中には大きな白い翼が生えており、頭上には仄かに光る輪っかが浮いている。
ヴァレンタイン「今! 今ここで花火打ち上げて!」
キュート「え!? 今ですか!?」
ヴァレンタイン「いいから! 早く!」
キュートは焦った表情で手に持った弓を引き、鏡に向けて放つ。放たれた矢は鏡の中に入り込む。鏡に映し出される河川敷に大きな花火が打ち上がる。顔を赤らめながら夏樹に向かって話していた一楓の声は、花火の音にかき消される。
キュート「なんで邪魔しちゃうんですか! 今告白してたんですよ!」
ヴァレンタイン「ここで告白を成功させちゃうと早めに別れることになるよ」
キュート「なんでそんなこと分かるんですか!? 今が最大のチャンスでしたよ!」
鏡には下を向く一楓と、不思議そうに一楓を見る夏樹が映し出されている。
キュート「ほらー、一楓ちゃん落ち込んじゃったじゃないですかー」
ヴァレンタイン「この子の性格的に告白された方が長続きするはずだから、今日は男の子側に意識させるくらいが丁度いいんだよ」
キュート「でも、この二人の夏休みもう終わっちゃうんですよ? 早く成立させた方が二人のためになりますよ!」
ヴァレンタイン「二人のためを思うなら長続きする方がいいだろ」
ヴァレンタインが丸鏡を布で覆う。丸鏡はみるみる小さくなっていく。
ヴァレンタイン「まだキュートは一年目なんだからさ、無理矢理結果を作ろうとするよりもじっくりやりな。もう少し人間を観察したほうがいいね」
ヴァレンタインは小さくなった丸鏡を小脇に抱えて部屋を出る。キュートはヴァレンタインの背中を不満げに見つめる。

○同・オフィス(夕)
閑散としたオフィス内、ヴァレンタインが鞄に書類を入れ、帰り支度をしている。ヴァレンタインの正面のデスクで、キュートが浮かない表情で四角い鏡を見ている。鏡には、一楓と夏樹の顔写真とプロフィールが表示されている。キュートが深くため息を吐く。
ヴァレンタイン「……何だ、まだ納得いってないって感じだな」
キュート「そりゃそうでしょう。二人にとって高校最後の夏なんですよ? これから受験でより一層会い辛くなるのに、今日以上のチャンスがこの先あるとは思えません!」
ヴァレンタイン「……あの二人がデートの約束を取り付けるまでに、キュートは何回奇跡を起こした?」
キュート「……4回です」
ヴァレンタイン「そう。まだその段階の二人なんだよ。奇跡無しで次のデートまで行けたら決めてもいいかもね」
キュート「だから! その次が受験で難しくなってくるって言ってるじゃないですか!」
ヴァレンタイン「その次の可能性を少しでも上げるために、今回は男の子側に意識させるところで終わらせたんだろ? 今回のを無かったことにするなよ」
キュート「でもっ……、でもっ……!」
ヴァレンタインはため息を吐く。
ヴァレンタイン「……キュートはあの二人に奇跡を起こし過ぎてる。前に言ったよな? 奇跡を乱発すると運命のバランス調整で不幸を起こしちゃうって」
キュート「……分かってますよ」
ヴァレンタイン「あんま人間に感情移入し過ぎるなよ。仕事がやり辛くなるだけだぞ」
ヴァレンタインは鞄を肩にかけ、立ち上がる。
ヴァレンタイン「やること無いんなら早く帰れよ。俺が怒られるんだからな」
ヴァレンタインがオフィスから出ていく。オフィスに取り残されたキュートは頭を掻きむしり、思い立ったように立ち上がる。

○地上界・公園(夜)
人気の少ない公園、ブランコに一楓と夏樹が座っている。一楓は浮かない表情で俯いている。
夏樹「……だから俺はね、大学で近代文学とか、まだざっくりとだけど、そういうことを勉強したいんだ」
一楓「そうなんだ……」
夏樹は気まずそうな表情でブランコから降りる。
夏樹「……ごめんね。俺ばっか喋っちゃってたよね……」
一楓「え、そんなことないよ! むしろ、私の方こそ……」
夏樹「……もう帰ろっか! 時間も遅いし」

○公園沿いの道(夜)
街路樹が植えられた道に置かれた自動販売機の前に、右手にペットボトルの水を持った夏樹と一楓が立っている。自動販売機には7777と表示されている。
夏樹「うぇ? 見て! 初めて当たったよ!」
夏樹は嬉しそうに一楓を見る。
夏樹「早く早く! 選びなよ!」
一楓「えっ、いいの?」
夏樹「だって俺もういらないもん」
一楓は自動販売機の紅茶のボタンを押す。一楓は紅茶を取り出す。
一楓「……ありがとう」
夏樹「俺に言うの、若干違う気がするね」
夏樹は一楓に笑いかける。それを見た一楓も笑みが溢れる。二人は人気の少ない薄暗い道を隣り合って歩く。
夏樹「一楓は大学行ったら何するの?」
一楓「……夏樹みたいに、まだ考えられてないよ。やりたいことなんてないし、親とかみんなが言うから大学に行かなきゃって思ってるだけで、正直行きたいわけでも……」
夏樹「……みんな言わないだけで、そう思ってるんじゃない?」
一楓「え?」
夏樹「別にみんながみんな、やりたいことを持ってる訳じゃないでしょ。でも無理矢理理由をつけて行かなきゃって思ってるんだよ。一楓が正直すぎるだけでさ」
夏樹が一楓に笑いかける。
一楓「夏樹は大人だね」
夏樹「そんなことないよ。俺は大学に行く理由が都合よくあっただけだから。ちょっと分かった気になってるだけ」
一楓「そういう所が大人なんじゃん」
一楓は笑って言う。
夏樹「うーん、そうかなぁ? よく分かんないけど……」
二人は横断歩道で足を止める。歩行者信号が青く光っている。
夏樹「じゃ、俺こっちだから」
夏樹が横断歩道の先を指差す。
一楓「……うん」
夏樹「じゃあね! 今日楽しかったよ!」
夏樹は横断歩道を渡る。その後ろ姿を一楓は見つめている。信号が点滅しだす。一楓は両手をグッと握りしめる。
一楓「夏樹!」
一楓の声で夏樹は振り返る。夏樹はその場で、不思議そうな表情を浮かべながら一楓を見る。
一楓「私がね! さっき伝えたかったのは! ずっと! 夏樹のことが……!」
一楓の声を遮るように、一楓の目の前をトラックが走る。トラックは猛スピードで夏樹を撥ねる。夏樹はトラックに数メートル弾き飛ばされる。
一楓「えっ」
一楓は呆然とその場に立ち尽くす。夏樹は頭から血を流し、倒れたまま動かない。一楓は過呼吸気味になりながら崩れるように座り込む。
一楓「……私のせいだ。……私が、私が呼び止めたから……!」
一楓は頭を抱え、髪を引っ張るように掻きむしりながら泣き出す。

○天界・株式会社キューピッド・鏡の間(夜)
巨大な丸鏡の前、震える手で弓を持ったキュートが憔悴しきった表情でへたり込んでいる。鏡にはトラックに撥ねられた夏樹と、その場で泣き崩れる一楓が映し出されている。
キュート「私のせいだ……。私が、余計なことをしたせいで……!」

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