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今は書店は黄金時代

 現代文学は詰まらない、などとよく云われるが、それは芥川賞とかを毎回チェックして良しとしているような人の言いぐさであって、文学は明らかに絢爛たる黄金時代を迎えている。 
 まず全盛期後半頃から興隆したラテンアメリカ文学。これらを読んでいるだけでも、一般的な読書人であったのならばしばらくはカタルシスに満ちた読書の時を過ごせそうなものである。翻訳刊行自体は六、七十年代に行われて来ていたわけだが、その頃にはまだ限られた好事家のものであったのが、9・11テロルやらシリア内戦やらが起こり、平たくいって「中心(西欧)」に対するカウンター・カルチャーとしての真価がいよいよ今日性を増し(なにより面白いからなのだが)、汲めども尽きない鉱脈を前に、翻訳が未だに追いついていない。マルケスやボルヘスといった広く聞こえている名ばかりでなし、ホセ・ドノソ、カルロス・フエンテスといった作家たちに至るまで、新たなる古典がこの中には潤沢にある。
 アメリカ文学。云うまでもなく、トマス・ピンチョンである。はっきりいってロスト・ジェネレーションもビートニクも、どうだっていい(ヘンリー・ミラーとかはなにか、未だに強いと思うのだけれど、それは単に私の好みだからか)、フィッツジェラルドだろうがバロウズだろうが、このピンチョンのための前置きだったのではないか、というほどに巨大な天才が現れている。この一人のみで、十分にアメリカ文学は全盛期といえそうなものだが、リチャード・パワーズや、ウィリアム・ギャディスまでいる。
 因みに云っておくとここに来て、新潮社というのはむしろ海外文学について、だらしがない態度を取っているのが分かるはずである――ピンチョンやマルケスのようなビッグネームは一応押さえておくだけ押さえておく、という取って付けたようなことをして、あとは新潮クレストでお茶を濁しておく、海外文学の翻訳紹介をしていますよ、ということをしているので、目眩ましを食らわされそうになるが、実際のところ、本当に値打ちのある翻訳本は現代企画室や彩流社や水声社、国書刊行会といった中小の出版社こそが多いに奮闘をしている。上澄みだけさらっておくなり、余滴を啜るようなことをして、要は大手としての格調を保とうとしているのが大手なので、本選びの際には参考されたい。
 大手では河出書房新社のみが海外文学に力を注いでいるといえるだろう。あんなわけの分からないことになっている(昔からだが……)国から生まれる、中国文学が面白くないわけがない。これらをしっかりと翻訳刊行しているのは河出であるし、みすずから出ていたリチャード・パワーズを文庫化するなどしている。
 クレストを始めとして、海外文学の翻訳は多岐に亘っているが、カノンになるべき小説群はスノッブな読書家たちの間でわりとハッキリと共通了解ができている。カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞してなぜか本邦で名高くなったが、イギリス文学ではなによりディヴィッド・ロッジは押さえておくべき作家だろう(ずっとそう)。フランス、ドイツは特にないし、ロシアのソローキンという作家も変な風に積極的に紹介されたが、カノンとして残るかどうかは微妙なところである(残らないでいいだろうと思う)。
 一方で二十世紀文学の本当に凄い作家でありながら、未邦訳であったロレンスの小説や、ポーランド文学として名前ばかりは知られていた十九世紀の「人形」が紹介されたりしている。ハンス・ヘニー・ヤーンの長大な小説も読むに値する(ボラーニョの「2666」は正直大したことないというか拷問だよ)。
 要ははっきりとしているのは――翻訳文化と併せて、今の時代はこの上なく読書家たちに幸福な時代である、ということである。少なくとも目利きの読書家にとっての、幸福な時代である。そしてそれはいつになく本についての選択肢があるから、ではない。
 リアルタイムに凄い作品が、どんどん訳され紹介され、それどころか現存する天才作家たちが新作を発表する機会がまだまだ残っている。そうした時代の空気とともに、天才の書いた書物を翻訳したての状態から、読むことができてしまう。明白に小説の黄金時代であると言えるのはそれゆえなのである。そんな中で「出版不況」と言われるが、要はそれというのは、書店の事情であったり、質のいいものに世間の人びとが興味がないという当然のことを示しているだけのことだ。本屋界隈からの「出版不況」を嘆く声がバカバカしく思われるのは、彼らこそが「本屋大賞」などという賞を設けて商業小説を売り込むことに精を出し、さんざ悪貨で良貨を駆逐してきた上、そもそも良貨の存在に気がついていないこと、そしてまた根拠のないプロ意識があるからである。彼らの持っているクソみてえな「商品情報」としての書物の知識などというものは、ハンバーガーショップの店員がメニューの名前を覚えておく程度のつまらない代物であると底が知れているし、本が好き、と言うだけならば、赤川次郎や、横溝正史や、ロス・マクドナルドや、京極夏彦や、平野啓一郎や、金原ひとみや、宮下奈都が「好き」な程度の「読書家」でさえ、それを言いうるのであって、しかしもう、わずらわしげに本音をいえば、要するに書店についてはなくなろうが存続しようがどちらでもいいじゃねーか、新宿の紀伊國屋本店と日本橋の丸善の本店だけ残しとけ、クッダラネェ。

 長文の上に曲かいな。「Rock & Roll Suicide」。
 https://youtube.com/watch?v=9jg4ekLG9Zo


(去年十二月擱筆)

静かに本を読みたいとおもっており、家にネット環境はありません。が、このnoteについては今後も更新していく予定です。どうぞ宜しくお願いいたします。