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渋谷「はやし」に濃厚魚介系の神髄をみる

 はてさて、「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」を観劇したのち、アップリンク渋谷にわかれを告げて(本当にわかれを告げることになるとは思わなかった……R.I.P、アップリンク渋谷)、道玄坂のほうへと。
 渋谷だなんて、私とはかみ合わない街だが、いろいろと縁故があったり、あるようでなかったり、は、する。
 そんなんはともかく。
 一九九〇年代からなんら変わり映えもなくそこにおっ建っている109のたもと、スクランブル交差点のきらびやかさから、すこしでも歩いていけば静かな通りに出る。なんだかメリハリがつきすぎている街だとも思う。
 ふだん、新宿を歩いているからそう感じるのかもしれないけれども……。
 せったく映画のために渋谷に来たのであったからと、名店「はやし」ののれんをくぐらせてもらうため。
 DVDで観た映画のリバイバル上映だったからね、食にも気合い入れたる、と心して臨んでいる。
 ここはメニューはストイックにらーめん、味玉らーめん、焼き豚らーめんの三種のみ。それゆえ回転がはやい。
 カウンター席で、夫婦おふたりで名店を切り盛りされているその働きっ振りが、とても涼やかである。
 どういえばいいものか。ウチはいつものようにいつものものを作っているだけだよ、という風合いで、ひょうひょうとして凄いものを、ずでんとカウンターに置いて来る、江戸前のここちよさがある。

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 それにしても、一口めっていうので勝負が大体きまってしまうラーメンという食の底の浅さであり単純さというやつは、恐ろしい。
 この「はやし」のらーめんは、提供されて、その一口めでおおおっ、これはすげえ、と戦慄させられた一杯である。
 濃厚魚介系といえば、ここ、という名店中の名店なのだが、実食してみるとそのワケもわかる、スープにとろみを感じる濃厚振りなのだがまったく、しつこさがない。
 「風来坊」のつけ麺のように、麺がつけ汁に沈みこまないような、どろりとした濃厚さともちょっと違う、ちがうのだけれども同系統の、フルボディで魚介の香気を迫ってきながら、その香気は「香気」という言葉のラインをはみ出ないまま、あくまでもスッと上品なところに落ち着いている。
 濃厚なのだけれどもぐいぐいいけてしまう。意識高いラーメンを食っているようないわれのない緊張感を感じることもないまま、店の雰囲気もあいまって、町場のラーメン屋で食べている自然さでどんどん食べ進められる、淡々といけてしまう、――極上のものを。
 「濃厚」のさじ加減をよくわきまえている、いやというか、黄金比とでもいうべき何かをおさえている一杯だ。
 そして分厚なメンマがその箸休めになってくれる。丼のなかで、すべてがかみ合っている。
 うむ。私が食べた濃厚魚介のなかで、間違いなくベストの一杯であった。

静かに本を読みたいとおもっており、家にネット環境はありません。が、このnoteについては今後も更新していく予定です。どうぞ宜しくお願いいたします。