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短編小説「さらば」

 大学の頃の演劇サークルの先輩から数年ぶりに連絡を貰った。先輩は大学を卒業してからは就職をしないで、アルバイトをしながら役者を目指している。
 先輩からの連絡といえば、先輩が出演する舞台の観劇の誘いがほとんどだった。はじめのうちは先輩の舞台を観に行っていたが、僕も就職活動に忙しかったり、田舎の地元に戻って社会人になってから仕事に慣れるので必死だったりと、次第に先輩の舞台を観に行くことはなくなっていった。
 僕には先輩みたいな勇気は無くて就職をしたけれど、先輩は相変わらず夢を追いかけている。そのモチベーションは凄いと思っていた。


 待ち合わせは東京の居酒屋だった。
 先輩と会うのは夕方だったので、日中は大学時代に住んでいた街を懐かしみながら、その時が来るまで時間を潰した。
 どうやら僕の方が先に店に着いたようなので、予約済みの席で先輩を待った。先輩に到着の連絡を送ると、もうすぐ着くと返信が返ってきた。先輩からの誘いで来たのに、先輩の指定した待ち合わせ時間に遅刻するのは少しおかしい気がしたが、久しぶりの再会なので気にしないこととした。

「お待たせ、ごめん、遅れて」
 先輩はスーツ姿で現れ、履いていたスニーカーを雑に脱いで座敷へ上がってきた。
「え、先輩、スーツなんですか?しかもなんでスニーカーなんですか?」
「おいおい、久しぶりの再会なんだから、お久しぶりですの一言とかあるだろ」
「いやそれ以上にいろいろと情報が多くて何から言い出せばいいか……とりあえず、お久しぶりです」
「おう、元気してた?」
「いやいや、僕のことよりも今の先輩のこと聞かせてくださいよ。何でスーツなんですか?まさか就職したんですか?」
「馬鹿、俺はずっと俳優として生きていくんだよ」
 先輩はそう言いながら、近くを通っていた店員にメニューも開かず生ビールを2つ注文した。僕はオレンジジュースが良かったんだけどな。
「え、じゃあバイトですか?コールセンターとかの?」
「ちげぇよ。営業だよ。営業」
「営業?」
 僕が知ってる営業は、ソレしか思いつかないが。
「そう。俺、今度映画を撮るんだよ」
「え!監督ですか!」
「その通り。凄いだろ」
「凄いですね」
 生ビールが届いて、先輩と僕は簡単に乾杯をした。
「で、どんな映画なんですか?」
「まだ脚本は完成してないんだけど、コメディ映画にしようと思ってるんだ」
「完成してないんですか?」
「そう。でも大体の企画はできてるから」
「誰が出演するとかも決めてるんですか?」
 先輩はビールを飲みながら、メニューを眺めつつ、近くの店員に適当なつまみを頼んだ。
「とりあえず俳優仲間には声かけてるよ」
「主演は?」
「俺」
「え?」
「俺が主演」
 どんなリアクションをすれば良いか分からなくて、飲みたくもないビールに口をつけて誤魔化してしまった。
「そうなんですね」
「そう。で、その映画へ協力を依頼しに営業をしているわけよ」
「あ、そういうことですか。でも、さすがにスニーカーはダメですよ」
「仕方ねえだろ、革靴なんて高価なもの持ってないんだから」
「そうは言ってもなぁ……」
「大事なのは誠意なんだよ。見た目なんかじゃなくて」
「その誠意を少しでも信じてもらうための見た目なんじゃないですか?」
「なんだ、社会人になってお前も社会の歯車になっちまったか。ぶち壊していけよ、固定概念を。特に芸能界はぶっ飛んでないとな。まあ、お前の業界は言われたことちゃんとやってればいいんだもんな」
「先輩、酔うにはまだ早いですよ」
「酔ってねえよ。とにかく、俺は映画を撮るんだ」
「製作費はどうするんですか」
「クラウドファンディングだよ」
 僕はまたしても絶句してしまい、飲みたくないビールをグイッと飲んでしまった。
「大丈夫ですか?」
「何が?」
「クラウドファンディングってお金を集めるだけが目的じゃないですよ?」
「どういうこと?」
「例えば、集まったお金でどんなことをするのか明確にして、それに賛同した人が出資するわけなんで、一個人の映画のためにお金を出す人がいるかどうかですよ」
 先輩は少し眉間に皺を作った。
「そこは考えてるよ。ちゃんと企画のテーマもあるし」
「どんな?」
「何も出来ない人間が沢山の人の力を借りて大作映画を作る、スキルなんか無くても人望があれば夢は実現するってこと」
 僕は席の背もたれに思い切り背中をぶつけた。すぐに姿勢を直して、先輩を説得した。
「いや、それは都合の良い解釈じゃないですか。その映画はどんな目的で製作するんですか?夢を追うのがテーマなら……例えば、ホームレスを集めて上映会を開いて、その映画を観たホームレスに生きる活力を見出してもらって社会復帰に繋げるとか……」
 だめだ。これ以上、例えが思いつかない。
「いや、そんなことはしないよ」
「あくまで例えばの話ですよ」
「普通に映画館を借りて上映するよ。あ、そうだ。映画祭にも応募してみるか」
「映画館を借りるための費用をクラウドファンディング?」
「そう。あと、人件費とか機材のレンタル代とかロケ用の弁当、車、会場費とか」
「なんか予算規模大きいですね」
 いつの間にか、唐揚げなどのつまみが届いていたようだ。先輩は話半分に唐揚げを食べている。ビールもおかわりを頼んだ。
「なんというか、夢を追うことや叶えることの素晴らしさだったら、先輩が大きい舞台のオーディションを受けて出演を勝ち取ることをドキュメンタリー映画にした方が良くないですか?」
「あのさ、俺は思ったんだよ。今までもオーディションを受けて、合格か落選かに一喜一憂して、舞台に出て場数を踏む。そんなチマチマしたことしてたらもうすぐ30歳。それじゃダメなんだ。何かコレ!って感じのことをデカくやらなきゃ。それに、オーディションも最近は受かるよりも落ちることの方が多くなってきたからな。だったら俺自身で作ればいいやって思ったんだ」
 だらだらと喋りやがって。
「小劇場のオーディションに落ちるような役者の演技を誰がスクリーンで観たいんですか?」
「役者じゃねえ、俳優と言え」
 先輩は3杯目のビールを注文した。
「ちなみに今、どれくらいお金は集まってるんですか?」
「まだ始めたてだけど、必要経費の2割かな」
「出資してる馬鹿がいるんですか」
「おまえ、少しは口を慎めよ。俺が俳優キャリアで築いてきた人脈だぞ」
「ってことは仲間からの同情資金しか集まってないってことじゃないですか」
「だから営業してるんだろう」
 先輩はスマホートフォンを取り出して、クラウドファンディングの専用サイトを見せてきた。
「え?出資した後のリターンってコレですか?」
「そう」
 そこには、ある一定の金額を出資した際の出資者へのリターン内容が記載されていた。その内容は、エンディングクレジットへの名前の掲載、先輩直筆の感謝状、先輩直筆のサインブロマイド、映画特製のTシャツやタオルだった。
「先輩、赤の他人がこれを欲しいと思います?」
「それだけじゃないぞ」
 先輩は画面をスクロールした。リターン内容に続きがあったようだ。
「エキストラ出演?」
「そう。一緒に映画に出れるんだよ」
「なんで金払ってエキストラやらされるんですか」
「え?映画に出れるんだぞ?あのデカいスクリーンに自分が映るなんて感動モノだろう」
「ハリウッド映画だったら俺も出資してエキストラ出演したいですよ。でも自主制作映画はちょっと……」
 先輩は僕の言葉を遮るようにスマートフォンを鞄にしまってビールをグイッと飲み干した。
「もしかして、僕に会ったのも出資依頼ですか?」
「そうだよ。だけどその感じじゃ金は出してくれなそうだな」
「当たり前じゃないですか。なんで個人の利益のために俺の金を使わせなきゃいけないんですか」
「利益じゃねえよ、夢を与えるんだよ」
「違いますよ。俺が言ってるのは、先輩のプロジェクトは社会に貢献しないって言ってるんですよ。先輩の思い出作りに付き合えませんよ」
 先輩は大きくため息をついて僕を睨んだ。
「なんか、おまえムカつくな」
「僕は間違ってないと思います。人のお金を使うならそれなりのことをしないと」
「うるせぇよ。夢を追うことがそんなに悪いかよ」
「そんなこと言ってないですよ。やり方が悪いって言ってるんです」
「そういえばおまえは俺の舞台もいつの間にか来なくなってたよな」
「そりゃあわざわざ地元から観に行くのも大変ですからね」
「俺は先輩だぞ?後輩のおまえにいろいろと世話してやったのに」
 先輩は酒を飲み過ぎているようだ。僕が気づかないうちに何杯もお代わりしているようだ。
「そう言ってますけど、毎回先輩からの連絡って観劇の誘いばかりじゃないですか。チケットノルマをクリアしようとするための要員としか思われてないんだと思いましたよ。久しぶりに会ったかと思えば、努力もしないで映画に出たい、だから金を出せって……なんか、悲しいですね」
「おまえ、クソ真面目なところ変わってねえな」
「あんたが変わりすぎなんだよ」
 その言葉を無視するように先輩は身支度を整えて、座敷から立ち上がり、出口へ向かった。
 僕も店から出ようと、伝票を持った。請求されている金額をチラッと見て舌打ちをした。座敷から自分のスニーカーを履こうとしたが、自分のスニーカーが無かった。

 ああ、履き違えたんだな。

 僕は先輩のスニーカーを手に持ち、つま先立ちしながら素早くレジへ向かった。





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