短編小説「ベランダからの視線」
夜風が心地良い。
作業机前にある窓を開けた時にそう思った。私は部屋に入ってくる夜風に髪をなびかせながらアコースティックギターを抱えた。
1つ1つの弦を軽く弾いてチューニングをする。微妙な音の変化に耳をすませるこの時間は何気に好きである。
次に取り出したのは歌詞ノート。私のオリジナルソングがページごとに記されている。歌詞の上には赤くアルファベットのコード譜を書いて、これを見ながら弾き語りをする。
私は歌詞しか書いていないページを開いた。これからこの歌詞にメロディをつけてコードを書いていく。
適当に鼻歌を歌ってこの歌詞と相性の良いメロディを探していく。ハマったフレーズはギターで弾いて確かめる。そんな作業の繰り返しだ。
ある程度は作詞の時点でこんな感じで歌いたいなと思いながら書いているから作曲にそれほど時間はかからないだろう。
サビのメロディをつけている時だった。ふと顔を上げるとある視線に気がついた。斜向かいの家のベランダから1匹の猫が私を見ていた。私はノートを遡った。私を見ている猫に私の曲を聴かせたくなった。
出来るだけポップで明るい曲調を選んだ。コードチェンジの時に左手をチラリと確認する以外は猫を見て歌った。しかし、猫は大きくあくびをして丸まっている。
そりゃそうだろうな。いきなり知らない人の知らない曲を聴かされてもしょうがない。
それならば今度は有名な曲を弾いてやろうじゃないか。布施明さんの「君は薔薇よりも美しい」を選曲した。私が1番自信持って気持ちよく歌える曲だ。
アコースティックバージョンにアレンジした名曲を私は熱唱した。大きく開いた口と誇張しすぎたビブラート。半分猫のことを忘れてしまいそうなくらいの熱量だ。ただただ気持ちよく情熱的に歌っていた。
「あぁ 君は 変わったぁ〜」と歌い切った時、拍手が斜向かいから聞こえてきた。
我に返り、目線を向けると家の主人がタバコを蒸して私に微笑んでいた。猫は主人の隣で私を見つめたまま大きなあくびをしていた。
私はなんだか恥ずかしくなってしまって顔を真っ赤にして主人に会釈をした。
完
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