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短編小説「緑に染まるように」

 小学生生活最後の夏休みは汗と絶交したくなる季節だった。何もしていないのに昇仙峡の滝のように流れてくる。午後3時の河川敷でサッカーをしようものなら昇仙峡の滝はナイアガラに変わる。実際、ナイアガラを見たことはないのだけれど。
 こんなに暑い思いをするのはジョージのせいだ。ジョージが「最後にみんなでサッカーをしたい」なんて言わなけりゃこんなことにはならなかったんだ。もっと言えば、ジョージが転校することにならなきゃ良かったんだ。


 みんながジョージの転校を知ったのは7月になったばかりの頃だ。ジョージは夏休みが明けると千葉の小学校へ転校するとのことだった。
 もちろん、僕を含めてみんなが驚いた。ジョージと学校生活を過ごせるのはあと1ヶ月だと担任の先生から告げられたら誰だって寂しい。
 ジョージは小学3年生の時に僕たちの学校へ転校してきた。僕は5年生からジョージと同じクラスになった。一緒にサッカーをしたり、好きな漫画の話をしたり、休み時間や放課後になれば一緒に遊ぶ仲だった。6年生になってからもその仲は変わらず、一緒に卒業するものだと思っていた。


 僕たちは河川敷の芝生で休むことにした。ジャンケンで負けたナオトとヨウスケが近くの自動販売機でジュースを買ってきてくれる。その間、僕とジョージ、ダイスケ、アツシは芝生へ寝転んだ。
「暑いな〜、もう動けねえよ」
 ダイスケは着ていたTシャツを脱いで上半身裸となっている。
「ジョージがサッカーしようって言うからだろ」
「ごめんごめん」
「まあ、最後の頼みなんだからさ」
「いや、最後って言うなよ。なんか寂しいじゃん」
 いつもだったらくだらないことで笑い合えていたのに、話は弾まないし、どこかぎこちないし、暑いし、雰囲気が重たかった。それもそのはずで、僕たちは誰かが転校するという経験が無いのだ。だからジョージに対してどのように接すれば良いか分からなかった。
「そういえば、ジョージって夏休みの宿題とかどうするの?」
「え?」
「だって、向こうの学校と俺らの学校じゃ宿題の内容が違うじゃん?」
「あ、そうか」
 確かにそうだ。
「え、じゃあやらなくて良いんじゃね?」
「ずるっ!じゃあ俺も転校する!」
 アツシが冗談で言ってみても雰囲気は変わらず、むしろ少し重くなった気がした。
「千葉って何があるの?」
「ディズニーランド」
「え!最高じゃん!」
「なんかね、高校生とかは学校帰りに行ってるらしいよ」
「マジかよ!羨ましい!」
 僕たちからしたらディズニーランドに行くなんて一大イベントなのに、千葉では近所のゲームセンター感覚で寄ることが出来るのは羨ましい。
「俺らが行こうとしたらめっちゃえらいじゃんね」
 ダイスケの言葉にジョージはすかさず反応した。
「俺さ、山梨に来てからずっと思ってるんだけど、その「えらい」ってどういう意味?」
「え?なんだろ?」
「疲れる、とか。大変だな〜、みたいな?」
「あ、そういうこと?」
「たぶん」
 僕たちにとっては馴染みのある言葉でもジョージからしたら珍しいものなんだな。
「方言なんだな。えらいって。じゃあ千葉の方言ってなんだ?」
「知らん」
 この場にいるみんなが答えられなかった。
「大阪とかだったら分かりやすいのにな」
「というか千葉がどこにあるか知らねえ」
 ダイスケはバカだからしょうがない。
 そのダイスケは話しながら芝生をぶちぶちと千切っている。アツシもそれを見たからか真似している。次第に僕とジョージもダイスケの真似をして芝生をぶちぶちと千切っていた。
「ジョージってさ、何回引っ越ししたことあるの?」
「えー、何回だろ?結構引っ越ししてるよ。でも3、4回かな。入学前にも引っ越ししたことあるし」
「じゃあ慣れてるんだね」
「まあ、慣れちゃうよね。せっかく仲良くなっても転校ってなるとね」
 ジョージは少し微笑んでいる。
「寂しくないの?」
「そりゃ寂しいよ。転校する度に寄せ書きもらうし、写真とかもたくさん家にある。あと、みんなと会う最後の日は「手紙書く」って言ってくれるし」
 僕たちもその話通りのことはジョージにした。寄せ書きを色紙に書いたり、思い出の写真をたくさん撮ったり。
「今でも手紙とか貰う?」
「うーん、最初の1ヶ月とかは貰うけど、だんだん届かなくなってる気がするな」
 一瞬、僕の心にノイズがかかった。
「うわ、薄情だな」
「仕方ないよ、みんなだって新しい生活になるし、俺だって新しい学校に慣れないといけないし」
 僕の心のノイズは少し音が大きくなった気がする。
 河川敷に生ぬるい風が吹いた。
 どこかで草が音を立てて揺れている。その音は僕の心のノイズに少し似ていた。
「俺らは忘れねえよ」
 ダイスケがそう言っても、僕の心のノイズは鳴り止まない。
「あと、新しい学校に行っても、またすぐに転校しちゃうから住所がコロコロ変わっちゃうんだよね」
「大人みたいに携帯電話持てればいいのにな」
「母さんが友達の母さんと番号を交換してるけど、顔が思い出せないとか言ってそのままになっちゃってるよ」
 そう言いながらジョージは芝生をぶちぶちと千切った。
 ダイスケもアツシも芝生を千切ることに飽きたのか、根っこから引き抜いていた。僕も根っこから芝生を抜いて土を弄っていた。
 ジョージはまだ芝生を千切りながら話を続けた。
「あと、もうすぐ中学生じゃん?そしたら部活とかテストとかで忙しくなっちゃうよな」
「ジョージは何部に入るの?」
「まだ決めてないよ。まだ半年あるし」
「俺は絶対サッカー部だな」
「俺も」
「僕も」
 ダイスケとアツシは中学でもサッカーを続けるようだ。
「じゃあ、俺もサッカー部にしようかな」
「お!そうすれば全国大会とかで会えるじゃん!」
「まず県で1番にならないとな」
「ダイスケはベンチだな」
「はあ!?ふざけんなよ、絶対スタメンだろ」
 ダイスケは僕たちに向かって引き抜いた芝生を投げつけた。

 ナオトとヨウスケが買い出しから戻ってきた。
「遅かったな!喉乾いた!」
「なかなか自販機が見つからなくてさ」


 みんなでジュースを飲んで、休んでいるとジョージが「よし!またサッカーしようぜ」なんて言うから、僕たちは「暑い」とか「だるい」とか言いながらも立ち上がった。
 先にダイスケ達がグラウンドへ向かって、ジョージと僕の2人きりになっている時に僕はジョージに話しかけた。
「ジョージ、千葉に行ってもよろしくな」
「おう、よろしく!」
 そう言うとジョージもダイスケ達へ駆け出した。
 僕も追いかけたが、ふと僕たちが座っていた場所を振り返った。
 緑の中に茶色の場所、僕やダイスケとアツシが座っていた場所だ。しかし、ジョージの座っていた場所はよくわからなかった。
 河川敷に生ぬるい風が吹いた。
 どこかで草が音を立てて揺れている。
 僕が中学生になったら、どうせ芝生は綺麗に生え揃っているんだろうな。

 僕はジョージとの思い出を絶対に忘れないと自分に誓った。





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